![]() ![]() (悲しい出来事) 前日の晩に実家に飯を食いに行った時のことだ。母ちゃんから、「謝らんといけんことがあるんよ。」と、言われたのである。謝らんといけんということは、ロクなことではない。"一体、何をしでかしやがったんだ?"と、不安に思いつつ、その先を聞いた。 「実はね、お父さんが、あんたが買って冷凍庫に入れておいたアイスを一個食べてしもうたんよ。」と、母ちゃん。それを聞いて、奈落の底に叩き落されたかのような気分になった。 大晦日に寒中水泳用のアイスを買って、実家の冷凍庫に入れておいた私が悪いのだが、冷凍庫の管理者である母ちゃんには、「これは寒中水泳用のアイスやから誰にも食わせんでくれよ。」と、言っておいたはず。 だが、そのことが親父に伝える前に親父が食ってしまったらしいのだ。このことで、母ちゃんを責めることは出来ない。ましてや、私のアイスと知らないで食った親父を責めることは、もっと出来ない。全ては親父にも伝えておかなかった私の責任であった。 今さらアイスを買いに行くのも面倒臭いし、追加で買うと、寒中水泳の予算をオーバーしてしまう。本音としては、「何個かアイスを買ってこようか?」という母ちゃんの申し出にすがりつきたかったのだが、新年早々の親孝行と思い、その申し出を断った。 手元にあるアイスは11個。私の皮算用では、それだけあればおそらく足りるはずと、この時は思っていたのだが。金をケチったことが、親孝行をしたことが後に尾を引くことになるとは、この時は思いもしなかった。 (アブダクション)午前7時に起きる。寒中水泳は午前10時から。本来であれば、こんなに早く起きる必要はない。だが、私には寒中水泳の前にやる仕事があった。兄貴をはじめとする、寒中水泳の主役達の捕獲作業であった。 この3人、漢塾通信で書いていたように、最後まで私の参加要請に対してOKをしなかった者達である。私は、事前に"お迎えにあがる"と、こいつらには伝えていた。だから、その言葉どおりにお迎えにあがるのである。 アホの末が午前9時に私のアパートに迎えに来る。本来であれば、私1人でお迎えにあがるところ。だが、こいつらには数の圧力をかけたいと思っていたので、アホの末に協力を求めたのである。
この日のこの時間帯は、わざと出かける用事を作ったに違いない。家の中は見事に空っぽであった。さすがは兄貴。既に先手を打って、私から逃げていたとは!感心するやら腹立たしいやら。玄関の前にゴミでもまいて帰ろうかとも思ったが、私も常識ある大人だから、さすがにそこまではしない。 その代わりに、これまでのメールに費やした時間分と、早く起きた時間分に私の時間外手当の単価をかけたものと、ここまでのガソリン代、更に慰謝料も請求させてもらう。また、当然のことながら、これからの参加要請のメール攻撃は、ますます激しくなることになる。素直に参加しておけば良かったのに。愚かな奴である。 (アブダクション2)次に私達が向かったのが、変態小野の家。
チャイムが鳴っているかどうか分からないため、ドアをノックしようとしたその時だ。ドアが開いたのである。 出て来たのは、変態小野ではなく、変態小野の母ちゃんであった。変態小野の母ちゃんは、怪訝そうな表情で、私を見る。変態小野のことを変態小野と呼んでいるために、なかなか変態小野の名前が出てこない。数秒後にようやく思い出し、変態小野の名前を言うと、変態小野を呼びに奥に入っていった。
それは、感心すべきことであったが、問題はここから。こいつがどう出るかを窺った。変態小野が発した最初の言葉は、「今日は、スタッフとして裏方に徹します。」であった。"そうきやがったか!"と思った。 だが、スタッフは物体Nに"ますたぁ"にパゲの3人がいるから必要ないし、もとよりこいつには海に入ってもらうことしか期待してない。 「戯言はええから、早う着替えて来い!」 そう一喝すると、変態小野は観念したようで、着替えを取りに家に入って行った。 もしかすると、私が来る前に観念して覚悟を決めていたのかもしれない。私に"お迎えにあがる"という、要らぬ労力を強いらせたことはいただけないが、こいつは兄貴と違い、賢い選択をした。 おかげで、玄関の前にゴミをバラまかれることもなく、損害賠償請求されることもなかったのだから。 (アブダクション3)変態小野を捕獲し、最後に私達が向かったのが、"まつ"の家。まつの家に駐車場には、しっかりとクルマが置かれてあった。どうやら家にいるようであった。私は事前に"まつ"に"午前9時半にお迎えにあがる"と、伝えていた。
だが、しかしである。チャイムを鳴らすと、すぐに観念したかのような表情の"まつ"が出て来たのである。 私がお迎えにあがる時間がわかっていれば、どうにでもできるはずなのに!バカ正直な奴!まあ、この正直なところが、こいつの良いところではあるのだが。 私が、「おうっ!行くぞ!待っとるから早う仕度せぇ!」と、言うと、「わかりました。後で行きますから。」と、これまた素直な返事の"まつ"。こいつも私が、間違いなく来るものと思っていたのだろう。じきに来るであろう、この日のことを考えると、ドキドキしていたに違いない。 どうせやらなければならないものなら、早く覚悟を決めた方が良い。覚悟を決めていれば、いくらかは気持ちが楽であったはずなのだから。覚悟を決めないまま、やりたくない事をやらざるを得ないというのは辛いものなのだ。 こいつも今回のことで、このことが身に染みて良く分かったことだろう。 可哀想に思いつつも、"これも学習!" と思い、私達は"まつ"の身柄を押さえた。 (ついで)"まつ"の身柄を押さえたことで、捕獲予定者3人のうちの2人を捕獲したことになったのだが、私は満足してなかった。捕獲率が66、666・・%では、ダメなのである。捕獲率は100%でなければならない。
私達が水津の家に到着すると、ガレージには見事にクルマがなかった。留守であることは間違いないと思ったが、一応、チャイムを鳴らした。何秒か待っても、何の応答もない。試しにもう一度鳴らしても同じことだった。 まあ、こいつには何も期待してなかったし、ついでに寄っただけだから、留守でも仕方なかったのだが。 それにしても、勿体無い。こいつにとって最も必要であろうものを得られるチャンスだったのに。 それは・・、もう言うまい。 (菊ヶ浜駐車場)
その後、続々と参加者達が集まってくる。なかでも、私を驚かせたのが、トラック引き競争で活躍したタニの参加であった。白さんを囲んだ忘年会の時に、こいつにはしつこいぐらいに参加要請をしたのだが、"婆ちゃんの遺言で、寒中水泳だけは絶対にやってはいけん。"と、言われていたと言い張り、断固としてOKしなかったのに。どういう心変わりであろうか? 「お前、婆ちゃんの遺言を守るんやなかったんか?」と、いう私の問いにも、「いやあ、初夢で婆ちゃんが枕元に現われて、"今回に限り特別に許す!"と、言うたから。」と、フザけた返答しかしないタニ。 まあ、こいつの本心はどうであれ、飛び入りで参加してくれたことは嬉しかった。その他にも予想してなかった者の参加もあり、結局、参加者は13名、スタッフは3名という昨年よりも多い人数で寒中水泳に臨むことになった。 (誤算)冒頭にも述べたように、私は当初、12個のアイスを購入していた。そのうち1個を親父に食われ、金をケチって、その分を補充してなかったのだが、今回の参加者は13人ということで、仮に補填していたとしても、アイスの数が足りないのである。 これは嬉しい誤算。しかし、全員にアイスが行き渡らないのは、面白くない。どうにかして、全員にアイスを食ってもらいたいのだが、足りないものはどうしようもない。ジャンケンで食わない2人を決めるのも面白くないし、私が指名するのは不平等である。どうしようかと考えた結果、今回の寒中水泳の催し物であるクイズで決めることにした。 これが、この場で考え得る最良の方法であった。 (催し物)
実を言うと、私はこの日になるまで、何も考えてなかったのである。面倒臭いとかではなく、マジで忘れていたのだ。そのことを砂浜に移動してから気付いたわけだが、さすがに寒中水泳を始める直前に考えるのは面倒臭かったため、居直って昨年と同じにすることにした。 これは公約違反。少し心苦しい気持ちはあった。だが、寒中水泳の基本は、冷たい海の中に入るということ。海の中に存分に浸かりさえすれば問題はないのである。 昨年と同じで面白みが無い分、"とにかく、気合の入っているところを見せてやろう!"と、意気込むのだった。 (着替え)
私は服を脱ぐと、俗世間への未練が絶たれる。"さあ、やろうか!"という気になる。他の者達も大概はそうであったが、中には一部、未練たらたらの者もいるように見えた。 未練なんてものは、即座に絶たなければならない。いつまでも引き摺っているようだと、結局はその本人に悪影響を及ぼすようになる。その未練を絶ち切らせるために、「早う脱げ!」と、大号令を発した。その大号令を聞いたからか、未練たらたらであった者も、固まったまま動かなかった手を動かし始めたのである。 (神事)
とにかく、相撲の歴史は古いのである。それが何故、相撲が日本の神社で神様に奉納するために行われるようになったのかは、話があまりにも本編と逸脱してしまうので、ここでは触れない。神社で相撲が行われる以上、神様に奉納されるものである以上、相撲は神事なのである。 その神事である相撲を寒中水泳でやるのには理由がある。やはり、寒中水泳も神事であるからに他ならない。私達は、決して遊びや興味本位で寒中水泳を行っているわけではないのである。 (禊)体を温める程度に相撲をとった私達は、いよいよ海の水に浸かることとなる。前述したように、寒中水泳も相撲と同じく神事である。ここでは、冷たい海の水で心身を清め、海の神様に今年の安全を祈願するのである。 前回はイモ貝に痛い目に遭わされたため、サンダルを履いて海に入る。それは私と同じく痛い目に遭った他の者も同じで、各自、地下足袋やら、それの変形したようなスリッパやら、いろいろなものを履いていた。 唯一、私だけが親指の股にサンダルの紐を引っ掛けるオーソドックスなタイプのサンダルを履いていたのだが、"何故、他の者がこのタイプのサンダルを履いてないのか"と、いうことを、この時は気にもかけていなかった。それが分かるのは、もう少し後のことであった。 (ファーストコンタクト)
一気に海中に潜ってやろうかとも思ったが、心臓発作を起こしたくないので、それは止め、徐々に深い方へと入っていくことにした。 菊ヶ浜は遠浅の海のため、首下まで浸かるぐらいの深さのところまで行くには、結構時間を要する。到着した時には、他の奴にかけられていたため、既に全身濡れてはいた。で、首まで浸かった感想はというと、期待外れというか何というか。とにかく、思っていたよりは冷たくなかったのである。 冷たくないということは、寒中水泳をやる身にとっては楽である。しかし、それでは面白くない。 漢とは、過酷な状況の中に身を置いてなんぼ。楽な分を穴埋めするためには、長く海の中に入り続けるしかなかいと思った。とりあえず肩を組んで円陣を作り、1人10秒づつ数を連呼し、最初の入水を終えた。 (抽選)
荒法師さんは、品行方正だから分かる。だが、日頃の行いの悪いアホの末が、その座を射止めたことは納得出来なかった。私と同じようなことを他の者も思っていたらしく、アホの末には「何でこいつが?」というようなヒンシュクの目が集まっていた。 だが、誰が何と思おうと、クイズの結果は絶対だ。アイスを食わないのは、荒法師さんとアホの末に決まったのである。 (捨てる)
米国の次期大統領が"change"という言葉を頻繁に使っているように、今の世の中は、変革の世である。 誤ったシステムや行いを改め、より良い世の中にしていかなければならないわけであるが、それは漢塾も同じである。私達は、新鮮さや面白さを求めて、そして何よりも、より漢を磨けることを求めて、躊躇なく捨てるべきものは捨て、取り入れるべきものは取り入れるという取捨選択をしていかなければならない。 8年間続けてきた慣れ親しんだものを捨てるのは、寂しいものである。だが、私達にとって"change"は必要不可欠なこと。よって、これが寒中水泳で食らう最後のアイスとなった。 (本番開始)
何の趣向も凝らしてない、昨年と同じクイズなので、面白みは無い。だが、これに正解できれば、いち早く寒中水泳から解放されるとあって、誰もが熱くなる。故に、必死さを見るにはうってつけの催しなのである。 昨年は、正解してもクイズの輪から抜ける奴がいなかったために、延々と40分も海と砂浜を往復しなければならなくなった。だが、今年は新たにスタッフに加わり、クイズ出題者の大役を務めることになったパゲが、正解者を寒中水泳から引き離していたため、回数を重ねるごとに確実に人数は減っていった。 おまけに、パゲが途中から2人づつ抜けるようにルールを改定したので、人数の減りは飛躍的に早くなった。 なかなかに手際の良い仕事ぶり。パゲは、己の仕事をキッチリとこなしていた。 (破れる)
それでも歩き難さに我慢して、何度も海に入るうちに、その水の抵抗に耐えられなくなり、3度目の入水の時に両足のサンダルの紐が破れてしまった。 イモ貝に刺されたくないから、サンダルを脱ぎ捨てて裸足になる勇気もないし、いちいち海と砂浜を往復するのも歩き難くて面倒臭いので、私はクイズが終わるまで海に入ったままでいることにした。 もとより、最後まで寒中水泳から抜けるつもりはなかったから、海に入ったままでも全く構わなかった。 (終わる)
問題作成者であるぢよん○○は、答えが分かっているから、やむをえず最後まで残っている。そして、私も塾長という立場上、仕方がなく最後まで残っている。要は、まともに残っているのはエテだけということ。 こいつがクイズに正解すれば、寒中水泳は終わりなのである。ところが、エテ。アメリカ帰りとあって、日本の最近の時事については詳しくない。おまけに、あまり考え過ぎると"ウキーッ!!"と、癇癪を起こして暴れ回るので、厄介である。これがエテがエテと呼ばれる所以なのだが、パゲもこのことは良く心得ていた。 寒中水泳を早く終わらせるために、わざと一番簡単そうな問題を出し、しかもヒントまで付けるサービスの良さで、どうにかエテの口から正解を導き出したのである。 何はともあれ、エテが最後に回答したことで、40分に及ぶクイズから解放され、今年の寒中水泳も無事に幕を閉じることができたのである。 (反省)
昨年と同じ催ししかしなかったというのも、その理由としてあるが、それは大した問題ではない。物足りなさを感じた一番の理由は、全てのことに慣れきってしまい、刺激を感じなくなってしまったことである。 普通に寒いのには慣れてしまったし、水が普通に冷たいのにも慣れてしまったし、アイスの冷たさにも慣れてしまった。普通であれば、何のためらいもなく出来る。飯を食ったり、筋トレをするのと同じような感覚である。 だが、それではダメである。楽しむというのも漢塾イベントの重要なファクターではあるが、それよりも重要なのは、己を追い込むということである。奇抜さや楽しさを追い求めるあまり、この"己を追い込む"という作業が、ここ数年抜けていたのではないかと思う。 己を追い込むために何をすれば良いかは、分からない。だが、そうするために寒中水泳をとにかくよりエクストリームにしたいと思っている。具体的に寒中水泳をどう変えていくかについては、この一年でおいおい考えていくつもりである。
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