漢塾登山(男岳~女岳)
- カテゴリ
- ANOTHER
- 開催日
- 2016年02月11日(木)
【予兆】
男岳~女岳の登山道に通じる道の途中で、突然、私達を載せたキューピー小野のクルマが停まった。いきなりのことだった。いきなりクルマが動かなくなったのだ。
確かに、道の中には凍結していた場所もあったし、雪が20㎝以上も残っていた箇所もあった。でも、道の大半の箇所には凍結も積雪も無かった。
アホの末とクルマを降りて、タイヤが空回りしていないかを確認したが、それは無かった。溝がかなり擦り減っていたとはいえ、キューピー小野のクルマは、スタッドレスタイヤを装着していた。また、エンジントラブルを起こしたということも見受けられなかった。
だのに何故?
しばらく考えてから、私達二人が後ろから押すと、キューピー小野のクルマは、力無くノロノロと緩やかな坂道を登って行った。
一応は復旧したといえる状況ではあったが、心の中にはモヤモヤしたものが残った。実は昨日、私のクルマも天文学的な確率でしか起こりえないような原因でパンクしていた。私の件といい、この件といい、何か不吉なことの予兆ではないかと思った。「このようなことが続くからには、必ず何かがある。」これまでの私の経験上、そのような確信めいたものを感じていた。
そして、それは現実となるのである。
【登山道】
変態、いやキューピー小野のクルマでノロノロ登って行くと、行き止まりになり、少し道が広くなった場所に着いた。どうやらここが登山道入口のある場所のようだった。
クルマを停めた場所の真ん前に登山道入口はあった。登山道入口にある看板には、「この山でツキノワ熊が見かけられたので、登山時は鈴のような鳴り物を携帯するように。」と、書かれてあった。
これを見て、「このことかぁ!」と、悟った。昨日の私の件といい、先ほどのキューピー小野の件といい、それらはツキノワ熊と遭遇することを暗に示しているのだと。
なるほど。それなら合点がいく。この誰も来ないような山中で、起こりうるような最悪のことといえば、それくらいしかないのだから。
これから私達にふりかかることが予想がつけば、気持ちは楽になる。山登りでは、このようなことが少なからずも起こりうる可能性はあると思っていたので、クマさんに出遭った時の対処法は予習していた。
おまけに逃げられなかった時にやむなく闘うための手斧も所持していた。これで常人の2~3倍はある私の戦闘力が、更に2~3倍は跳ね上がる。まあ、それもビビッてカチコチに固まらなければのことだが。
とにかく、登る覚悟もクマさん対策も準備万端の私達は、意を決して登山道に足を踏み入れた。
【おかま峠】
登山道は、整備をしているような道ではなかった。人が通ることによって出来た自然道であった。周りと道との明確な境はないので、ギリギリ「これが登山道だろうな。」という程度のものであった。おそらく、夏であれば、草ボウボウでどこが登山道か分からないであろう。
所々に雪が残っており、また足元も雪融け水がしみ込んでジュるかった。油断しようものなら、足首まで土に埋まってしまうような感じである。
私達は、足元によく気を遣いながら登って行った。登り始めて15分後ぐらいに、苦もせず最初の目的地であるおかま峠に到着した。おかま峠は、左に行けば男岳、右に行けば女岳の三叉路だ。
男と女の分かれ道だから“おかま”とは、洒落たネーミングである。私達は男ということもあるし、まずは萩市最高峰から登ろうということで、迷わず男岳への道を選択した。
男岳は、標高789mだ。萩市の最高峰だ。最高峰の山の頂に至るまでは、幾多の困難が予想される。現在地のおかま峠の標高は分からないが、これから先は長丁場であると思った。
少なくともこの時は。
【悪戦苦闘?】
おかま峠からの道は、傾斜が厳しくはなるものの、土がよく乾いていて踏ん張りも効くため登り易かった。これまで通ってきた登山道には広葉樹林が多く繁ってはいたが、ここからは針葉樹林が多く繁っていた。植生の限界というような標高ではないが、植生の違いがはっきりしていた。
上ったり下ったりの針葉樹林を抜けると、更に傾斜が厳しい道が現れた。今度は、笹薮の中を通るようになった。足元には残雪と雪融け水でジュるジュるである。
滑ったり、何かを掴まなければ登れなかったりして、確かに登り難かった。足の筋肉にも多少の刺激はあった。だが、私は物足りなさを感じていた。
違うのだ。前回、茶臼山や面影山に登ったような面白さがないのだ。それは、茶臼山などの道無き道を登るのと、登山道を登ることの違いであった。やはり、他人が用意したものを使うのは面白くないものだ。
それにだ。頂上まであと少しの場所である、旧無人雨量計小屋まで、おかま峠から20分ほどで到着してしまったのだ。登山道入口からの時間を合わせても40分弱だ。見かけ倒しもええところだ。
これには、閉口してしまった。
「なんじゃこりゃあ!!」であった。
【儀式】
旧無人雨量計小屋のある広場は見晴らしが良かった。この日は天気が良く、空気が乾燥して澄んでいたことも手伝い、遥か先の山々まで見渡すことが出来た。
絶景だった。
おそらく山頂が、近いことが分かっていたからか、既に頂を制覇した気になっていた。
“あまり早く頂に到着しては勿体ない。”ということで、私達は、ほぼ恒例の儀式となりつつある“お茶”をすることにした。ここでも活躍するのは、アホの末のアウトドア専用瞬間湯沸かし器である。容量が少ないが、3人分のコーヒー用の湯ならば楽々沸かせる実力を秘めている。
沸き上がったばかりのコーヒーを飲みながら、そして眼下に広がる山々を見ながら、「山はどうやって出来たのだろう?」という話になった。
一般的な斉一論では、年に数㎝~数十㎝ぐらい地殻が盛り上がり、数十万年~数百万年という長い年月をかけて今の形になったと説明する。
私の考えは、「そんな訳ねぇだろう?」である。年にそれくらいしか盛り上がらないのなら、それは雨風などの風化に負ける。何百m、何千mになるどころか逆に窪んでしまってもおかしくない。とてもではないが、今の山の形になんてなりっこないのだ。
地形が劇的に変わるほどの急激な地殻変動があったと考えるのが妥当だろう。それか、遥か太古に地球全体規模の大洪水があったということも考えられる。大激流で水底が削られ、水が引いた後の水底が、今の山々であり、平地だという説だ。
どちらが本当かは分からない。でも、一般的な斉一論は絶対に違う。エクストリームな事象がなければ、山は出来ないと断言出来る。
つい、コーヒータイムの会話がコーヒーと同じく熱くなってしまった。ただ、山には、そんなことを考えさせるだけのロマンがあるということだろう。
頂が近いことが予想出来るとはいえ、この後に女岳も控えていた。そのことを考慮し、コーヒーを飲み干した私達は、重い腰を上げ、旧無人雨量計小屋のある広場を後にした。
【決意】
笹薮の中の、人が一人ようやく通れるぐらいの狭い登山道を登って行く。笹薮の中で気にかかるのはクマさんのことだった。
笹薮は、笹の葉で視界が効かない。おまけに私達が笹を掻き分ける音がうるさい。お互いの視覚と聴覚が効かないわけだ。この条件に風が強いことが加わると最悪だ。聴覚が更に効かなくなるばかりか、クマさん最大の感覚器官である嗅覚が効かなくなるのだ。
故に、出遭いがしらにバッタリと出くわすことも考えられる。幸いにもこの日は、風が殆ど無かったので、そのような状況に陥る確率は低いと思われた。だが、低いとはいえ、お互いに視覚と聴覚が効かないという状況は変わらない。確率は低くても、出くわす可能性はあるのだ。
そのことを胸に、私は右手の斧を強く握りしめた。もし、出くわして逃げることが出来なかったら、手斧でクマさんの頭をカチ割ってやろうと思っていた。マジで。
【失望】
笹薮を抜けると、少し広くなった場所に出た。それから更に笹薮を50mほど登ったところに男岳の頂はあった。旧無人雨量計小屋のある広場から300mほどしか歩いてなかった。時間にしたら10分もかかってない。
近いとは思っていたが、まさかこれほどの近さとは思わなかった。おまけに、この頂に繁る雑木のため、360°周りの景色が見渡せないのだ。頂まで来て景色が見渡せないとは、こんなショッキングなことはない。
以前登った面影山でも景色を見渡せなかったが、そこには代わりとなる電波塔があった。この頂には、“山頂789.3m”と書かれた看板以外は何も無かった。達成感も無ければ、景色を見る喜びも無かった。
達成感も景色を見る喜びも無ければ、クマさんに遭遇する危険を冒してまで、この頂まで登って来る必要はない。まだ、この手前の旧無人雨量計小屋のある広場の方が遥かにマシだった。
男岳の頂まで登って得たものは、“男岳の頂まで登った”という実績、そして失望であった。
【女岳へ】
女岳は、標高627mの山で、男岳より160mほど標高が低い。とりあえずは、おかま峠まで戻ることになる。おかま峠の標高は595mである。女岳との標高差は32mしかない。
嫌な予感がした。行ってみなければ分からないが、これはとてつもなく楽に女岳の頂までたどり着けるのではないかと思った。
私達は、おかま峠に急ごうとした。女岳に登って、この胸の不安を払拭したかったからだ。だが、急げば急ぐほど、嫌な結果に早く到達してしまうということも考えられる。
急ぐべきか、それともゆっくり行くべきか、私の心は揺れた。その心の動揺が、私の足運びを狂わせ、滑って尻餅をつかせることもあった。結局、面倒臭いので、急ぐことなくおかま峠に向かったのだが、帰りは下りのみとあって、行きの半分くらいの時間でおかま峠に着いた。
【成就】
男岳から戻って来た私達は、おかま峠の三叉路を女岳の方へと、まっすぐ進んだ。とりあえずは、雑木林の中を登って行くことになる。
少々急な傾斜を登って行く。200m、300mぐらいの距離を登ったところに標識を見付けた。標識を正面に見て標識の左側に“〇〇谷”、右側に“男岳”と表示してあった。
標識のどこにも“女岳”という表示は無かった。「こりゃあ、女岳の頂は、まだ先やな。」と、声を出した瞬間、キューピー小野が叫んだ。「ここに標識みたいなのがありますよ!」と。
キューピー小野が指し示したのは、地面から1.5mくらいのところの枝にブラ下げられた縦5㎝・横15㎝くらいの黄色のプラスチックの板であった。よおっく見てみると、板には細いマジックで控えめに“女岳頂上”と書かれてあった。
「えっ?」と、誰もが驚きの声を出した。おかま峠からまだ300mほどしか進んでない。時間にすれば6~7分ほどだ。おかま峠との標高差が32m程度だから、もしかしたら楽に早く到着してしまうかもしれないとは思ったが。まさかこれほどまでに楽だとは。
落胆、失望というものを通り越して、この時は「何だよこれは!」と、呆れるしかなかった。頂まで登り詰めたという実感は全くなかった。おまけに、ここも男岳の頂と同じく、高くそびえ立つ木々のため、周りを見渡すということは出来なかった。
時刻は正午過ぎ。登山道入口に着いてから2時間余りで、男岳と女岳の両方を制覇してしまった。ゆっくり休憩することをしなければ、もう40分は早く制覇出来たかもしれない。疲れなど感じなかった。ほど良い運動にもならなかった。
この時私はようやく気付いた。もっと早く、男岳の頂で気付かなくてはならなかったのだが。今朝のキューピー小野のクルマの不調や、前日の私のクルマのタイヤがパンクしたという事象が示す、不吉な予兆とは、このことだったのではないかと。
期待を裏切られるということだ。
不吉な予兆は見事に結果として実を結んだのだ。
シラケた気持ちで食う、頂でのラーメンの味は、下界で食う味と同じだった。そして、登頂に成功した時に乾杯するたい焼きは、疲れてないからか、ぶち甘く感じた。
私達は、運動不足からカロリー摂取過多のまま山を下らざるをえなかった。
食い過ぎの腹がタッポン、タッポンしていた。
【登山前】 希望に胸をふくらませる。私が手に持つは、手斧。クマさん対策用のもの。 |
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【弘法も・・】 安定感抜群の私が、まさかのスッテンコロリ。不安が、私の身体感覚を狂わせた。 |
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【旧雨量計小屋】 何十年か前まで使用されていた雨量計小屋。ここまでどうやって資材を運んだのかが気になった。 |
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【遠景】 写真からは分かりにくいが、遥か先に笠山が見える。萩市越ヶ浜の笠山までは、直線距離で30kmほど。これだけ遠くの景色が鮮明に見えることは驚きであった。天気が良く、空気が良く澄んでいたおかげだろう。 |
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【デビュー】 登山は初めての変態改めキューピー小野。初めての山に傷心を癒されたようだった。 |
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【女滝】 最上部からの落差30mはある立派な滝。二段構えの滝で、二段目で二股に別れている。 萩市にこのような立派な滝があることは驚きだった。それにしても立派! |
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【瞬間湯沸し器】 アホの末の秘密兵器。湯がわくのが早い!私も今夏、購入予定。 |
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【おかず】 山登りに初登場!脂っこいおかずの数々。この日の消費カロリーを考えたら余分なものだった。 |
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【沢】 登山道入口近くの沢。ヤマメかイワナがいそうな雰囲気ではあるが、確認は出来なかった。 |
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【戯れ】 キューピー小野が、私の渾身の一撃を真剣白刃取り。 |
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