四国八十八ヶ所 自転車遍路(第一弾)

カテゴリ
 BICYCLE
開催日
2004年05月02日() ~ 2004年05月06日()

二日目(2004/5/3)

目覚め

040503_0700ゴソゴソという物音で目が覚めた。携帯電話の時計を見ると、午前6時半である。

昨日は、寝不足の眠さから、おじさんと話している最中に寝てしまった。何時に眠りに落ちたかは、分からないが、ぐっすり眠ったらしく、すごく爽快な気分で起きることができた。

おじさんの方を見ると、もう出かける仕度をしている。昨日は暗くて、おじさんの姿がよく分からなかったので、こんな人だったのかと思いながら、しばらくまじまじと見ていた。頭を剃っていて、体が異常に細い。何か想像していたのと違う。自分の想像もあてにならないものだ。

おじさんは、準備ができ次第、出発するという。

昨日、地図を頂いたお礼に「一緒にどうですか?」朝飯を勧めるが、食べたからいらないという。後で、気付いたのだが、勧めたら遠慮するに決まっている。「これ食べてください。」と言って、無理にでも渡すべきだったのだ。

そして、おじさんと別れてから、末から聞いたのだが、昨日、地図を頂いた時に、接待を受けたということで、御札を渡さなければならないところを、私は忘れていたのだ。自分の未熟さを恥じた。いきなり最初から失敗してしまった。もっと人の気持ちを分かるようにならなければならないと思った。

おじさんとは、一緒に写真を撮って別れた。別れ際に「見つかるといいな!」と言われた。えっ!何が!と思ったが、言われたことはすぐにわかった。見つけたいものは何なのだろう。旅が終わるまでに見つかるのだろうか?まあ、深く考えないで、瞬間、瞬間に思ったことを心にとどめようと思った。

 四番大日寺

040503_08007時に出発。三番金泉寺から四番大日寺までは、距離にして5㎞ぐらいしか離れてないのだが、寝る場所の確保をするために逆方向である、一番霊山寺の更に進んだところまで戻っていたために、10㎞ぐらい走らなければならなくなった。

幸いによく睡眠をとれているし、天気も良くて気分も良いので、ゆっくり行くことにした。

寺から寺への道中には、遍路道という昔から残る道があり、現在も通ることができる。遍路道を通らなくても次の寺には行くことができるが、私達は全て遍路道を通ることにした。遍路道を通ったほうが面白いし、遍路は、遍路道を通ることに意義があると思ったからだ。

遍路道を往くことの意義は、先程別れたおじさんも言っていたことだが、これは、ここへ来る前から思っていたことだ。三番金泉寺までは、街中なので、遍路道らしい遍路道ではなかったが、四番大日寺への道中は、私が想い描いていたような、田舎のあぜ道を走ることになった。

場所によっては、1mも道幅がないようなところを通ったり、民家の敷地の中を通ったり、バランスを崩して田んぼに落ちそうになったり、大日寺へ行くまでのわずかばかりの遍路道は楽しかった。

040503_0830途中、何という木かは分からないが三又の巨大な木があり、その大きさに感動し、思わずその木の前で記念撮影をする。一本の木が根の辺りから三又になっているのだが、見た目には、三本の木に見える。どうやって、あんな形になったのだろうかと、寺に着くまでは、その事ばかり考えていた。

四番大日寺では、33体の木造の観音像が、本堂と大師堂をつなぐ回廊に安置されており、その造りの細やかさにしばらく見とれていた。

五番地蔵寺

040503_0900五番地蔵寺は、四番大日寺からの坂を下ったところにある。ずっと下りなので、5分もしないうちに着いた。おそらく、今回の遍路の中でも一番楽な道程だったのではないかと思う。

寺の門の前の出店で売られている、美味そうな饅頭や餅に心を奪われながらも、まずは、通りがかりのおじさんにお願いして、記念撮影をした。この時は、後でこのおじさんと再会するとは、思いもしなかった。私の大好きなお地蔵さんのお寺ということで、ゆっくり見物したかったのだが、十一番藤井寺まで行く予定にしているので、それは諦めた。

六番安楽寺

040503_0930六番安楽寺までは、五番地蔵寺から5㎞ほどのところにある。かなり綺麗な庭園のある寺だ。

オタクっぽい兄ちゃんがスケッチブックに、ここの庭園を書いている。結構上手だ。

ここでは、既に午前9時半をまわっていたので、腹が減ってきていた。周りを見回しても、飯を食う店も売店も見当たらないので、次の寺の近くで何か食おうということにした。

七番十楽寺

040503_1000六番安楽寺から七番十楽寺までは、目と鼻の先。自転車で2~3分ほどのところにある。

七番なのに十楽寺?と、疑問に思いながらも納経を済ませた。記帳してもらおうと納経所に行ったところ、「あら!」と、女の人が声をかけてきた。一瞬、誰だったけと戸惑ったが、すぐに思い出せた。昨日、三番金泉寺で出会ったツアーコンダクターの姉ちゃんだ。

昨日と同じく、記帳をさせられている。いくらか話をしたが、会うのが2回目ともなると、親近感がわくものだ。この姉ちゃんがおるということは、昨日の運転手の変なおっさんもと思ったら、案の定、駐車場のバスの中にいた。手を振ると、お互いが見えなくなるまで、私達に向かってずっと敬礼をしていた。相変わらず変なおっちゃんだ。

040503_1000_00腹がへったので、肉を食いたいと思ったのだが、周りに肉を食わせてくれる店はなく、やむを得ず「喰うかい屋」という、うどん屋に駆け込んだ。

私達が店に入ってから少しして、六番安楽寺で会った、スケッチブックの兄ちゃんが入ってきた。話しかけようかとも思ったのだが、面倒臭いのでやめた。

ここでは、名物のたらいうどんを食う。徳島のうどんは、どうかなとも思ったが、麺にコシがあって、高松のうどんに負けず劣らず美味しかった。ここの店の人は親切で、ペットボトルか水筒を持っていれば、お茶を入れてくれるという。ペットボトルは自転車に置いてきたので、その接待は丁重にお断りしたが、その気持ちは嬉しかった。

八番熊谷寺

040503_1100腹を満たしたところで出発。熊谷寺には、15分ぐらいで着いた。寺には何ヶ所かスピーカーが設置してあって、僧侶の読経が流れている。何でわざわざこんなことをするのだろうか?そんなことをしなくても趣きのある寺なのに。

本堂までいくと、山伏(修験者)の格好をした若者が、女の子数人のとりまきと一緒にいるのが目についた。多分、本当の山伏ではないと思うが、その異様な格好はどうしても人目につく。大師堂で、納経をし、その場を立ち去ろうとした時におばさんに呼び止められた。読経をしている時に私達をジロジロと見ていたおばさんだった。

「あなた達、高野山で会わなかった?間違いなくあなた達と思うけど、二人で本を見ながらお経を唱えているところを見たのよ。」と言われた。高野山は、最後に行く予定で、まだ行ってないから、人違いだろうと言ったが、会ったのは、私達だったと言い張る。本人達が行ってないと言うのに、変なおばさんだ。

あまりに、私達に会ったと、言い張るものだから、自分達の方が嘘をついているような気になった。適当にあしらって、おばさんからは退散したが、あそこまで言われると気になる。「未来の俺達の姿を見たんやろうか、それだったら、それまでは生きとられるからラッキーやな。」と、冗談まじりに末と話した。

次の寺へ向かおうとしたら、先程のエセ山伏に写真撮影を頼まれた。

格好ばかりつけて、女の子達とチャラチャラしやがって実に気にくわない奴だ。格好ばかり気にせんと、中身を鍛えろよと言ってやりたくなった。我が漢塾へ入ったら塾長に鍛えてもらえるのだろうが、今のところ入塾資格はなさそうだ。

九番法輪寺

040506_0911次の寺も意外と近い。看板には、2.4㎞と書いてある。

公道から遍路道へ入る時には、目印として、手前に遍路さんマークの小さい看板なり、立て札があるので、それを見落とすことのないように慎重に自転車をこぐ。

歩きだったら見落とすことなどないのだろうが、自転車だと、スピードが出るので、よく見てないと、見落とす怖れがあるのだ。

040503_1200のどかな田園の中を進んでいく。ポカポカ陽気と、春のそよ風が気持ち良い。周りの景色も綺麗なので、自転車をこぐスピードも自然とゆっくりになる。

9番法輪寺は、そののどかな田園の中にあった。

寺の前に和菓子の店があったので、つい、草餅を買ってしまった。私は、饅頭や餅といった甘いものには目がないのだ。味はというと、甘さが抑えてあって美味しかった。

時刻は、正午になろうとしていたが、でかい餅を2つも食ったので、昼飯を食う気にはなれなかった。

十番切幡寺

040503_13009番法輪寺から4㎞と、距離的には大したことないので、次も楽ちんだとタカをくくっていたが、やはりそう甘くはなかった。

途中から、山の中に入っていき、坂もかなりきつくなった。どうにか登りきって、寺の前に辿り着くと、さらにそこから本堂まで続く333段の階段が待っていた。本当に333段あるのかと、数えながら登ることにした。階段を見ると1円玉や5円玉が全ての段に置いてある。何でも、厄除けのために置きながら登るのだとか。階段を登りきると、私が334段で末が333段という結果だった。

どっちが正しいかは、判断できないし、もう一度やるのも嫌だから、妥協して333段で間違いないだろうということにした。

帰りに階段を下りる際、お金を置きながら下りているのかと思いきや、拾い集めながら下りている人を見つけた。これって泥棒じゃねえのかと思いながらも、それで生計をたてているのかと思い、そのおばさんに声はかけなかった。あまりに堂々とやっているので、周りの人も見て見ぬふりをしていた。あれで、どれくらいの額になるのだろうか?毎日やっているのだろうか?と気にもなった。気持ちの良くない行為に対して、何か言うべきだったのかなと、胸にもやもやしたものが残った。

十一番藤井寺

040503_1400_01十一番藤井寺までは約10㎞の道程。普通の道なら30分もあれば余裕で、辿り着くことができる距離だが、遍路道を通るとそうはいかない。

舗装もしてない道を自転車で通るのは、大変だ。自転車を降りなければならないところもあるし、下手すると、こけそうになるところもある。

途中、ここは北海道かと錯覚するほどの広大な畑を見た時は、感動し、思わず記念撮影してしまった。四国の風景は本州とも九州とも違う。普段あまり馴染みのない四国の風景は、自分の目には新鮮に映る。

十一番藤井寺に辿り着くには、1時間も要した。

040503_1430寺の入口前の店のじいちゃん、ばあちゃんに「どこから来たのかね。」と話かけられる。山口から来たというと、「近いとこから来られたんやねえ。」と言われた。

北海道や沖縄、はては、海外から来る人もいるのだから、その人達に比べたら近いよなと、妙に納得した。

境内に入って納経をしようとしたら、本堂の横に十二番焼山寺入口と書かれた看板が目についた。十一番藤井寺の中に十二番焼山寺の入口があるとは、驚きだ。

十二番焼山寺は、この入口から延々と13㎞も山道を通らなければ行くことはできない。公道では32㎞と、距離は長くなるのだが、自転車に乗ることができるので、山道を自転車を担いだりして行くよりは楽らしい。公道で行ってやろうかと、気持ちもグラついたが、当初の予定どおり、遍路道である山道を通ることにした。初志貫徹!最初に決めたことは何があっても貫くのだ。

納経を終えて時刻は午後14時30分。十二番焼山寺までは、歩いても6~7時間かかるというので、この日は、ここで打ち止めだ。

納経所で、遍路さんの接待をしてくれているという鴨の湯の場所を聞き、そこに泊まらせてもらうことにした。帰り際に店の老夫婦に挨拶をしたら、しばらく話こむハメになってしまった。

鴨の湯

040503_2100鴨の湯は、藤井寺から3㎞ほど下ったところにある。翌日、また藤井寺まで戻ってこなければならないのだから、離れ過ぎず、適度な距離だ。午後3時半頃に鴨の湯に到着。

銭湯の受付で、本日ここで接待を受けたい旨伝えると、駐車場に通された。そこには3畳の広さの小屋が一棟と、2畳の広さの小屋が二棟ほどあった。

時間からいって自分達が一番早いぐらいに来たのではと思ったが、それは間違いだった。既に10人ぐらいの人が来ていた。自分達の後からも6~7人ぐらいの人が来たが、小屋に入りきれない人は、自転車置き場に寝床を構えたり、駐車場にテントを張ったりしていた。

私達は、3畳の一番大きい小屋に4人で寝ることになった。

1人は埼玉から来た30代後半の人で、もう1人は、なんと、五番地蔵寺で写真を撮ってもらったおじさんだった。最初、会った時は、地蔵寺で会ったおじさんとは気付かなかったが、向こうから、「先程、地蔵寺でお会いしましたね。」と言われて気付いた。道中、2回同じ人と会ったのは、七番十楽寺で再会したツアーコンダクターの姉ちゃんに続いて2人目だ。おじさんは大阪の出身で、2年前に定年退職して、今回が4回目の遍路だと言っていた。

埼玉の人とは、年齢も近いし、話の流れから、遍路をしている理由を聞けたのだが、このおじさんからは聞くことができなかった。おちゃらけた雰囲気の私達と違って、かなりシリアスな雰囲気を漂わせていた。理由は聞かないのが当然だ。人それぞれ、やる理由も千差万別。中には、他人には言えない、言いたくないという人もいるだろう。あまり人のプライベートの領域に立ち入った話をするべきではないというのは何となく察した。

当然、話題は遍路のことや、差し障りのないことが中心になった。

筋トレ ~ 晩飯

040503_1609有り余るほど時間があるので、筋トレをすることにした。

筋トレといっても、器具を使った筋トレではない。相手の手の上に自分の手を重ねて体重をかけたベンチプレスの代わりのようなものや、カールの代わりに腕相撲をやったりした。しばらくは、筋トレができないので、こういうことでもやっておくと、少しは違う。

私達が筋トレを終えた頃に、軽トラで世話人がやって来た。地元の人で、80歳はとうに過ぎているであろう爺さんだ。お遍路さんの世話をするのが楽しみらしく、お遍路さんを軽トラで、買い物に連れて行ったり、行きたいところに連れて行ったりしていた。私達も、この辺りの名所にでも連れて行って貰おうかとも思ったが、爺さんの運転を見てやめた。歳をとっているからと思うが、ちょっとの切り返しをするのでも、すごく時間がかかるし、私達の見ている前で、何度もぶつけそうになっていたからだ。

出かけるのは、自転車にした。近場を散策するのは、自転車が一番良い。知らない街に行って、ぶらぶらするのは楽しい。見慣れない景色、雰囲気の違う街並み、見たことないような店、全てが新鮮だ。

徳島ラーメンを食わせてくれる店を探していたのだが、なかなか個人でやっているような店を見付けることができない。仕方なしに、チェーン店らしきラーメン屋に入った。入った瞬間、自分達しかいないので、ハズレたかなとも思ったが、時間が早かっただけで、後から人がゾロゾロ入って来たので、安心した。ラーメンと餃子を注文したものの、味は良くない。私が食いたいのは、徳島でしか食えないような、徳島ならではのラーメンなのだ。チェーン店にそれを求めてはいけないかもしれないが、少し期待していただけにガックリした。

風呂 ~ 井戸端会議

040503_1651鴨の湯に帰ると、既に日が暮れてきたせいか、皆、寝仕度を始めていた。

駐輪場に寝る人が3~4人いて、その中に頭を剃った尼さんもいる。駐輪場に屋根は付いているものの、横は吹きさらしである。翌日は、朝から雨となっているのにこの人達は大丈夫だろうか気になった。

鴨の湯では、お遍路さんは50円割り引いてくれる。泊まらせていただく上に、料金割引までしていただけるとは、有難いことだ。風呂は狭くて、人も多かったが、一日の汗と疲れを流すことができて、充分気持ち良かった。

風呂から上がって外のベンチでたたずむ一時は、また格別のものだった。涼しい風、綺麗な夜空、ゆっくり流れる時間。テレビも娯楽も何も要らない、座っているだけで幸福感に浸れる。

普通に生活できて、周りの人から支えられて、好きなこともできて、やりたいことをやるだけの気力も体力もある。こんな自分の境遇を幸せと思わない方がおかしいが、最近はその境遇に慣れきって、そう思うことも少なくなっていた。

星空を見上げていると、自分がここにこうやっていられるのも、家族や職場の人、友人や塾生達のおかげだと思えて、自然と感謝の気持ちが湧いてくる。環境が変わると、普段考えもしないことを考えるものだ。そういうことを思えただけでも、旅に出た価値はある。あとは、思ったことをしっかり胸にとどめておいて、帰ってからの日常生活に活かさなければならない。

心地よさを堪能し、洗濯でもして寝ようかという時に、同じ小屋の人と、翌日のことで井戸端会議になった。経験者のおじさんが語る。焼山寺は八十八ヶ所でも一番の難所だと。女性の脚で6~7時間、男性でも5~6時間はかかるということだ。自転車を抱えていくという人のことは、あまり聞いたことがないけど、歩くよりは時間がかかるだろうから、8時間ぐらいはみてた方がいいよと言われた。

え~っ、8時間も!と思ったが、今更ルート変更するつもりはない。他の者にできて、自分にできないはずはない。漢は決めたらやるのみだ。

おじさんと、埼玉から来た人は、午前5時くらいに起きて準備ができ次第、出発するそうだ。出発が重なると面白くないから、私達は午前7時に出発することにした。

さあ、寝るぞと思いきや、埼玉の人が話しかけてきた。自分はこの歳になっても独身で、遊びにも飽きて、何をやっても楽しくなくて・・・・。聞いてもないことを話してくる。この人寂しいのかなと思いながらも、「誰でも同じですよ。おやすみなさい。」と言って、話を切った。そうでもしないと、延々と話しかけてくるからだ。

夜中、雨がドシャ降りになったのと、他の3人のいびきで2度起こされた。雨が降った時は、小屋の中が濡れないように急いで戸を閉めたり、履き物を小屋の中に入れたりした。3人のいびきのおかげで、なかなか寝付けなかったものの、蛙が合唱しているようで楽しかった。

東の方が薄っすら明るくなってきている。さあ、今日は、頑張るぞ!と気合を入れてからもう一度眠りについた。


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