四国八十八ヶ所 自転車遍路(第一弾)

カテゴリ
 BICYCLE
開催日
2004年05月02日() ~ 2004年05月06日()

五日目(2004/5/6~7)

何かが、自分の耳元でモゾモゾしている。時折、「ハァ、ハァ、フン、フン」というような息づかいが、聞こえてくる。何だろうと、目を開けると、それは犬だった。犬が、私の顔を覗きこんでいるのだ。まだ若い野良犬で、可愛い顔をしている。多分、道の駅に来る客が食べ物を与えるのだろう、道の駅に棲みついているものと思われた。素直な犬で、よく言う事を聞くから可愛いのだが、こいつに与える食い物まで、持ち合わせてないので、犬とじゃれるのに飽きると、追い払った。

末は既に起きていた。時刻は、午前6時30分。今までで、起きたのが一番遅い時刻だった。夜中に寒さで、叩きおこされて、それからしばらく眠れなかったのだから無理もないだろう。

それにしても、夜中に予測したとおり良い天気となった。雲一つなく、太陽が燦燦と輝いている。最終日が一番の快晴となった。

日向ぼっこ

040506_0722時間が経つにつれ、どんどん気温が上がってくる。この調子なら日中は25~26℃ぐらいまで上がるものと思われた。おそらく、夜中とでは、20℃近く気温が違うはずだ。まだ、この時期は昼夜の気温の差が激しいので、装備が軽かったと反省した。

冷え切った体を、温めるために日向ぼっこをする。ベンチに横になったまま、爬虫類のようにピクリとも動かない。30分も横になると、下がった体温も元に戻り、いつでもハードな運動をできる状態になった。

朝飯を食って出発しようと思ったが、自転車とベンチに干してある洗濯物が乾かないので、それが乾くのを待って出発することにした。

最終日である当日は、残す寺も2ヶ所だけなので、気持ち的にも余裕があり、どこかゆったりした雰囲気が漂っていた。強い陽射しを浴びて、洗濯物からは、水蒸気がモクモクと出ている。洗濯物が乾く間に、昨日の日記を書く。できる男は時間を無駄にしないのだ。

日記を書き終わった頃に洗濯物も、良い具合に乾いたので、それを取り込んでから、道の駅を後にした。午前8時半出発。

夢見心地

040506_0910_00第22番 平等寺までは道の駅からだと、約7㎞の道程。既に徳島の三大難所をクリアしているから、それ以上のところは無いと思い、気は楽だった。最後の日であり、スケジュール的にも余裕があるということで、遍路をじっくり味わいながらゆっくり行くことにした。

ゆっくり走ると、周りの美しい景色を存分に堪能することができる。心地良い陽射し、そよそよと吹く爽やかな風、心地良い気温と湿度、せせらぎの音、野鳥のさえずり、澄んだ空気、美しい自然。陳腐な表現だが、幸せだという気持ちを通り越して、ここは夢の中ではないかと錯覚するぐらいの心地良さだった。

私の下手な表現では、勿論のことだが、どんな文章の達人でも、この夢のような自然の情景を完璧に表現することはできないはずだ。また、写真やビデオの映像でも、その場の空気の匂い、陽射しや風の心地良さといったものは、伝えられないだろう。

その場に居たものでないと絶対に分からない。だから、自分がいろいろ経験することが大事なのだ。実際にこの目で見て、触れて、肌で感じて、聞いて、嗅いで、味わって、心で感じて・・・・。経験、体験しないことには、自分のものにならない。

それが分かっているから、若いうちにたくさんのことを経験して、たくさんのことを知り、たくさんのことを感じて、自分というものを作っていきたいのだ。何だか、ドラゴンクエストに似ているような気もするが。

また階段

040506_0920しかし、その夢のような時間も長くは続かなかった。少し行くと、また、山中へと続く階段が現れた。しかも、結構な勾配で、そこそこ長いやつが。「こんな階段あるなんて聞いてねえよ~」と愚痴を言いながら階段を登る。まあ、こんなところに階段があると教えてくれる人なんているはずもない。今までの行程から、ある程度は予測できたことだ。それが、できなかったということは、よほど気が緩んでいたに違いない。

おかげで、焼山寺や鶴林寺の階段には比べるべくもない階段を攻略するのに、かなり手こずってしまった。

040506_0927階段を登りきると、今度は2㎞ぐらいに渡って楽しい下りが続く。ただし、下りといっても遍路道の下りなので、石がボコボコと露出していたり、木の根っこが地表に露出していたりして非常に下りにくい。

その悪路を末はスイスイと下って行く。末の姿は、すぐに見えなくなった。こういう悪路の下りでは、末が本領を発揮する。そのライディングは、実に見事なものだ。

追いつかなければと、無理してブレーキを緩めたために、木の根っこにつまづいて、自転車ごと前転するような形でクラッシュしてしまった。

かなり派手なクラッシュだったが、地面に叩きつけられる瞬間に体をひねって、受身をとったおかげで、かすり傷程度で済んだ。今まで、柔道や柔術で培ったものが役に立ったと思った瞬間だった。

この大クラッシュで、慎重になり、末を追っかけるのをやめてトロトロ下ることにした。末は、ところどころで私が見えるようになるまでは待ってくれている。私が見えるようになると、また下り始めるのだ。結局、下りきったところで合流した。

おばちゃん

下りきると、のどかな田園風景が、目の前に開けた。あたり一面、田んぼ。そののどかな風景は、階段を登った疲れや、クラッシュした痛みを忘れさせてくれる。この辺りの農家は、金持ちが多いのか、かなり立派な家が多い。誰か、私達を呼び止めて接待してくれないかと思い、ゆっくりゆっくり走るのだが、民家が結構な数ありながら、あまり人に会わない。また、会っても接待されることもない。

一応、帷子を羽織っているのだが、自転車に乗っているとあって、お遍路さんに見えないのかもしれない。

接待とは、こちらから求めるものではないと、反省し、接待を意識するのをやめた。しばらく行くと、おばちゃん達が井戸端会議をしているのが目についたので、写真撮影をお願いした。

040506_0930最初、おばちゃんは何を恥ずかしがってか、カメラのシャッターを押すのをためらった。どうやら写真をきちんと撮る自信がなかったようなのである。「押すだけだから。」「きちんと撮れてなくてもいいから。」と言って、どうにかおばちゃんにシャッターを押させた。おばちゃんは、かなりリキが入っていたらしく、撮り終わった後、肩で息をしていた。何か悪いことしたなあと思った。

世の中には、いろいろな人がいるものだ。たかがシャッター押すのにあれほど緊張する人は見たことがない。しかし、おばちゃんがリキを入れて撮ってくれただけあって、写真は、普通に見れるものができていた。おばちゃんには、感謝!感謝!である。

第二十二番 平等寺

040506_0945_00のどかな田園風景が終わると、ほどなく、平等寺に着いた。ゴールデンウィークも終わったからなのか、私達以外に人はいない。

記念撮影をお願いする人がいないということで、1人づつ、お互いを撮りあった。境内は、よく掃除されており、清々しい空気で満たされている。口と手を清めようと、手洗い場に行くと、手洗い場の水の中に花が一輪ほど、浮かべられているのが、目に入った。040506_0947誰が浮かべたのだろう。何という花かは分からないが、紫色の綺麗な花だ。石で出来た無骨な手洗い場に、花が一輪あるだけでも、雰囲気が俄然、華やかになる。花がたくさんあり過ぎてもいけない。一輪だけというのが、また良い。

決して、自分の存在を主張しているわけではないのに、すごく目立っている。思わず、「う~ん!」と唸ってしまった。花を浮かべた人というのは、類まれなるセンスの持ち主だと思った。また、後から来る人のことを思って浮かべたのだろうから、心の優しい人に違いない。

たった一輪の花で、良い気分になった。これも、先にこの寺を訪れた人からの接待かもしれない。

天気の良さ、人気のなさ、接待を受けた心地良さで、境内は非常に居心地が良い。時間的に余裕もあり、ゆっくりしようかとも思ったが、ゆっくりするのは最後の薬王寺ですることにした。

時刻は、午前10時。今回の遍路の最終目的地である薬王寺に向けて、出発した。

悟り

最後の第二十三番 薬王寺までは、約21㎞の道程。平坦な道で、速く走れば、1時間もあれば着く距離だ。しかし、これで、今回の遍路も最後ということであるから、ゆっくり行くというスタンスを崩さずに、更に景色を味わいながら行くことにした。

何度もくどいようだが、本当に景色が美しい。「美しい、綺麗。」それしか言いようがない。この美しい景色を目の当たりにすると、自分の中のくだらない諸々のことなんて、全て消し飛んでしまう。ネガティブなことなんて考える余地はない。ポジティブなことしか考えられない。

今までの難所から比べれば、それほどではないが、それでも決して楽ではない薬王寺への遍路道。そんな遍路道でも、永遠に続けばいいのにとこの時ばかりは願った。

誰かの手記にあった。「長く険しい道を歩く、朝夕の登下校。1人で通っている時は、それが嫌で嫌でたまらなかった。いつも早く家に学校に着かないものかとばかり思っていた。それが、好きな女の子ができて、一緒に通うようになると、いつもは、嫌だったこの道が、永遠に続けばいいのにと思うようになった。」と。

この時の私の心境は、これと似ている。隣に居るのは、好きな女の子ではなく、むさくるしい末だが、末は関係なく、何だか愛しいものと走っているような気になったのだ。それが、美しい自然か、弘法大師か、心の中に一緒に連れて来た者かは、分からない。誰かに見守られているような、一緒に連れ添ってくれているような安心感があった。同行二人という言葉が何となく分かったような気がした。

子犬

040506_1100ゆっくり走りながらも、自転車だと歩くよりは俄然速いので、挨拶をしながらドンドン抜いていく。たまたま立ち止まって休憩している時に、夫婦のお遍路さんに話かけられたので、話をした。愛知県の春日井市の出身地らしく、学生の時に愛知県に居た私や末とは、愛知県のことで話が合った。夫婦で遍路をするとは珍しいのではないのだろうか。よほど仲が良いのか、何かあったのか。まあ、どうでも良いことだが、結構楽しい時間だった。

夫婦のお遍路さんと別れて、坂を下っていると、藪の中に何かうごめくものを見つけた。何だろう?と近寄ってみると、それは子犬だった。人に慣れてないようで、近寄ると逃げる。人間にいじめられたのかもしれない。すごく悲しそうな目をしている。こんな山奥に子犬が居るとは、誰かがここまで持って来て捨てていったのだろうか?無責任なことをする奴がいるものだ。

崩れかかった、トタン小屋を棲み処にしていて、お遍路さんから食べ物をもらって命を繋いでいるようだ。私達も何かやろうと思ったが、あいにくキャラメルしか持ち合わせてない。食べるかな?と投げ与えると、少し匂いを嗅いだ後、おいしそうにペロリと食べた。良かった!と思い、キャラメルを全部、犬に与えた。「また、誰かに食い物もらえよ。」と一声かけて、子犬と別れた。あの子犬がこれからどうなるかは、分からないが、無事でいられることを願わずにはおれなかった。

その場を立ち去って、しばらくしてから思った。キャラメルがあったのなら、道の駅に居た犬にも少しやれば良かったと。

040506_1110_00坂を下り終えると、眼前に海が開けてきた。遍路初の海だ。今まで山道ばかり通ってきたから、海を見ると何故だか安心する。青く綺麗な海だ。ここは太平洋、この日は天気が良く、凪で穏やかな海であったためか、日本海とは大分違って見えた。

それにしても、静かだ。漁村というような集落はなく、ポツリポツリと民家が点在しているだけだ。道を走っていても誰に会うということもない。本当に人が住んでいるのかと疑う気持ちにもなった。

眺めの良い場所で、記念撮影をして休憩をすることにした。ジュースを飲みながら海を眺めていると、心が癒される。海はいい!山もいいが、海もいい!潮風に当たっていると、自分の中の穢れが浄化されるような気さえする。

自分は美しい日本海に面するところに住んでいるからかもしれないが、次に住むところも、生まれ変わって住むところも海があるところしか住みたくないと思っている。それほど海が好きなのだ。

もう、残すところ、あと10㎞ほどだ。ゆっくり行っても、いずれは否応なしに薬王寺に着いてしまう。とうとう今回の遍路の旅が終わってしまうのだと思うと、何だか寂しくなる。勿論、家に帰って家族や友人に会いたいというのもある。しかし、この独特な遍路の空気や、何かに包容されているような心地良さから離れたくないという気持ちもあるのだ。

しばらく、休憩していると、「始めがあるから終わりもある。今回の遍路を終わらさなければ!」という気になった。目指すは、薬王寺だ。

木洩れ日

040506_1120少し行くと、遍路道に突入した。狭いデコボコ道を、時には自転車を押したり抱えたりしながら進んでいく。すぐ左手には海が見える。そう、ここは、海沿いの遍路道なのだ。結構、高いところを走っていくので、海がよく見える。これまでの遍路道で、一番の素晴らしいロケーションだ。

また、木々の隙間から射す、木洩れ日が何とも言えない幻想的な雰囲気をつくりだしている。青い海に、眩しい緑に、幻想的な木洩れ日。まさに絶景である。こんな美しい自然の中で、思いっきり体を動かせるのは、正に幸せというしかない。自分が気持ちの良い、幸せと思えることでは、最上級のことだ。

040506_1140_00この遍路道を30分ほど、行くと、再び車道に出た。周りの美しい景色に目を奪われて気付かなかったのだが、かなり高いところまで登ってきたようだった。ガードレールから下を見ると、海がはるか下に見える。

ここから末をブレーンバスターしたら、間違いなくあの世行きだと思い、末の方を見たら、末は、すぐにガードレールから離れた。

ただ、落としたいという衝動にかられるだけで、本当に落とすことはしないのに、こいつも用心深い奴だ。信用してもらえてないことが少し悲しかった。

御カニ様

040506_1130高台を下って、閑静な漁村の中を走っていると、カニの看板が目についた。「落石注意!」とか「鹿に注意!」といった類の看板は見たことがあるのだが、「カニに注意!」と書かれた看板は、初めて見た。

カニの何に注意するのだろうか?カニが人を襲うのだろうか?カニを踏まないようにしろというのだろうか?

私の少ない知識で判断するに、産卵期のカニが大量に道路を横切るので、なるべく踏まないようにしろという意味ではないかと思うのだが、どうだろう?私の推測が間違っているにしろ、何となくカニが大事にされているように思えた。

大浜海岸

海沿いの道を走って行くと、左側に大木がたくさんあるのが目に入ったので、吸い込まれるように大木のある方へ進路を変える。大木がたくさんあるのは、どうやら神社の境内のようだ。何という名前の神社かは、分からないが、一応、小さいながらも社殿みたいなのがある。

それにしても、樹齢ウン百年から、千年以上の大木が何十本もあるのは壮大な眺めである。何で、これだけもの数の大木が残っているのだろうかと不思議に思った。多分、この神社の御神木ということで、今日まで守られてきたのかもしれない。

040506_1200境内の奥に行くと、そのまま大浜海岸に出られるようになっている。好奇心から行ってみることにした。延々と続く白い砂浜。萩の菊ヶ浜とは、全然大きさの規模が違う。これだけ大きい砂浜に私達2人以外に誰もおらず、存分に美しい海と砂浜を堪能することができた。

砂浜から引き揚げる時に、砂浜に立っている看板を見たのだが、ここでは、海ガメが産卵をするらしい。これだけ、海や砂浜が綺麗だから海ガメも寄ってきて産卵するのだろう。いつまでも海ガメが産卵できるように変わらない美しさであってくれよと、思わず願った。

ついに見えた!

大浜海岸を出て、そこそこ急な坂道を登り終えると、山の中腹に聳える第二十三番 薬王寺の塔が見えた。麓の街を見下ろすように堂々と立っている。そこまでは、直線距離で、約2~3㎞といったところだろうか。とうとうここまで来たのだ。

今までの行程がかなり厳しかったものだから、先ほどまであった、寂しさよりも、喜びの方が勝った。「やっとここまで来たぞ!」とお互いに喜びを口にするのだった。

薬王寺が見えてから20分ぐらいで、薬王寺に着いた。時刻は、午後12時30分。「さあ、行くぞ!」と長い石の階段に足をかけようとしたが、やめた。先ほどから、腹が激しく鳴っている。薬王寺は、逃げはしない、時間もタップリある。まずは、腹ごしらえだ。

セルフうどん

米を食いたいような気もしたが、寺の周りには、うどん屋がたくさん軒を連ねているので、うどん屋を無視するわけにはいかない。どのうどん屋もレベルは高いはずで、どの店にするか、かなり迷う。迷った挙句、どんなものだろうかと思い、セルフうどんに決めた。

セルフうどんとは、字の如く、セルフサービスのうどん屋だ。店に入って驚いた。麺を茹でるところから、全て自分でやるようになっているのだ。好きな具をトッピングして汁だけかけるのかと思っていた私には、新鮮に思えた。麺を茹でるところから自分でやるので、結構楽しい。私は堅めが好きなので、あまり長くは茹でない。トッピングはエビ天とイカ天にした。

トッピングに関しては、エピソードがある。私がエビ天を選んで、もう一つのトッピングを「ちくわ天にしようか、たこ天にしようか。」と声に出して悩んだ挙句、「イカ天にしよう。」と言ったところ、末が大笑いしたのである。「お前、ちくわ天にしようか、たこ天にしようか悩んどったのに、何で関係のないイカ天がでてくるん?」と末に言われた。どうやら、悩んでいる選択肢以外のものがでてきたから、笑いのツボにはまったようなのだ。「何で?そんなに可笑しいこと俺がしたか?」と私は全く意に介してなかったが、何度も「絶対に可笑しい。」と言われた。私は、自分のことを普通の常識人だと思っているが、末や仲の良い友人達は、そうは思ってないようだ。どう思おうが、そいつの勝手だが、私にとっては、心外である。

話は戻る。好きな具を入れて、無料サービスのかつお節とネギを山ほど入れた。最後に汁を入れるのだが、私はどうせ飲みもしない汁を溢れるほどに入れたので、親指が汁に浸かって、熱さで器を落としそうになった。

お茶でもそうだが、汁物は、表面張力ギリギリのところまで、入れなければ気がすまないのだ。その几帳面な性格が仇となった。「うわっちゃあ~!」と叫びながら、どうにか、うどんを先にテーブルに置いてから勘定をした。店主の呆れた顔が気になった。

肝心の味はというと、ここの店もやはり美味い!かつおのダシがよく効いていて、てんぷらの味もグットだ。腹が激烈に減っていたせいもあって、ものの1~2分で平らげた。この店も例に漏れず、レベルが高いと感じた。始めてのセルフということもあり、なかなか楽しかった。

第二十三番 薬王寺

040506_1300セルフうどんから薬王寺までは50mぐらいの距離。食後の腹ごなしに薬王寺の急な階段を登る。登る最中に、歳のわりには軽快に階段を登っている婆ちゃんを見つけたので、「お元気ですねえ。」と、声をかけた。この婆ちゃんは、病気が治ったお礼参りにここへ来たそうだ。御歳84歳。この歳で、この急な階段を軽快に登るのは大したものだ。

婆ちゃんの後について階段を登りきると、最後の本堂と大師堂が私達を待ち構えていた。これで最後と思うと、納経する時のお経にも力が入る。末も、まだ覚えていないとはいえ、お経を唱える姿も大分、様になってきている。これなら、八十八ヵ所全部、遍路し終える頃にはお経を覚えてしまうのではないかと思った。

納経をし終え、納経帳に記帳も終えた。これで、今回、予定していた徳島県の二十三ヶ所を全て終えたことになる。

広い境内、見てまわろうと思えば、いくらでも見て回る時間はあるのだが、何故だかそんな気分にはなれない。太平洋と日和佐の街を一望できる眺めの良い場所のベンチに座って、一休みする。

040506_1330それにしても眺めが良い。薬王寺は、この街の一等地に立っているのだと感じた。思ったよりきつい道程だったが、どうにか終えることができた。やり終えた安堵感や喜びはあるものの、そんなに喜んでばかりもいられない。何故なら、まだ4分の1を終えただけなのだから。

ベンチで休みながら、話は早速、次回の遍路の話になっている。既に、徳島二十三ヶ所の遍路は過去のものになってしまっていた。

ここで、泊まって美味いものでも食って翌日に帰ろうかとも思ったが、少しでも早く帰ってゆっくりしたいので、すぐに帰ることにした。納経所で、最寄の駅の場所を聞き、薬王寺を後にする。次回の遍路は、ここから始まる。薬王寺には、もう一度寄ってみるつもりだ。

日和佐駅

040506_1430日和佐駅は、薬王寺からそう離れてない。教えられたとおりの道を行くと、すぐに着いた。早速、時刻表を見て、自転車の解体を始める。電車がくるまでには、1時間以上も時間がある。自転車を解体し終えて、アイスを食いながら、のんびりと電車を待つ。のどかな風景、どことなく山陰線と雰囲気が似ている。ベンチで待っていると、ぽかぽか陽気で、ついつい眠たくなる。

眠りに入ろうとした頃に、ガヤガヤとうるさい声で起こされた。どうやら高校生の帰宅時間と重なったようだ。面白い格好をした野郎がたくさん見受けられる。賢そうな奴は一人もいない。多分、この辺りのバカ校の生徒だろう。こいつらよりは、自分の学生の頃が、ある意味気合いが入っていたと思うが、昔を思い出して、何だか懐かしくなってしまった。

黄昏

学生達を見ながら、昔を思い出しているうちに電車が来た。これを逃すと、また1時間以上待たなければならなくなるので、ダッシュで車内に入った。車内が、帰宅の学生でごったがえす中、しっかりと4つ席をキープし、自転車も狭い通路に置いた。何と迷惑な乗客だろうか。

疲れているから、そんなことは、関係ないとばかりに、短い足を伸ばして、くつろぐ体勢に入る。電車が動きだすと、ほお杖をついて窓から外を眺めた。この5日間のことが、走馬灯のように脳裏によみがえる。「楽しかったなあ。たくさんの人と出会ったなあ。9月には必ず来たいなあ。」と、のどかな景色を見ながらしみじみと思うのだった。

いろいろと思い出に浸っているうちに、気持ちよさと、疲れから、いつの間にか眠り込んでしまった。

特急

各駅停車の普通電車だったので、徳島駅までは、結構、時間がかかった。長い時間、堅い座席に座っていると、ケツと腰がいたくなるし、早く帰りたいので、徳島からは特急電車に乗ることにした。特急料金を払わなければならないので、金はかかるが、時間は金には換えられない。丁度、特急電車に連結がうまくいったので、待つことなく乗ることができた。

特急電車は、座席が2席ずつ横並びになっているので、普通電車より通路が狭い。さすがに、通路に自転車を置くと、人が通れなくなるので、デッキに置くことにした。これなら、人の迷惑にはならない。自転車を倒れないようにデッキの手すりにくくりつけてから座席に座った。座席は普通電車のように堅くないし、背もたれの角度調整もできる。普通電車と比べると、座り心地は、雲泥の差だ。おまけに目的地までの時間もかなり短縮できる。

初日も特急に乗っていれば、良かった!と、この時少し後悔した。次回の遍路からは、少々、金がかかっても特急電車があるところは特急電車にのるつもりだ。特急に乗ったおかげで、高松までは、1時間ちょっとで着いた。

高松駅

040506_1824高松駅に着くと、すぐに構内のうどん屋に駆け込んだ。帰りもここでうどんを食うと決めていたからだ。遍路の間、毎日のようにうどんを食っていたが、結論として、ここのうどんが一番美味しいと思った。

初日に食ったのと同じく、肉うどんを食す。やはり、美味い!旅の疲れも吹き飛ぶ美味さだ。萩にも、美味いうどん屋があるが、総合的には、この店のうどんの方が勝る。お持ち帰りしたかったが、残念ながら、それはしてないとのことだった。次回、ここを通る時にまた寄ろうと思った。

うどん屋を出た後に土産を買って、出発を待っている電車に乗る。乗るのは、勿論、特急電車だ。ここから松山までは、約3時間かかる。お互いに話すこともないので、車中は殆ど寝ていたように思う。

松山駅

午後9時頃、ようやく出発地点の松山に着いた。無事、ここまで帰ってこれたことを思うと、何かに感謝したい気持ちになった。しかし、感傷に浸ってばかりもいられない。まだ、自転車を組み立てて、三津浜港まで走っていくという作業が残っているからだ。

防予汽船は、1日18便で、ほぼ1時間おきに夜中も出港しているから、必ず船には乗れるのだが、なるべく早い便に乗ろうと、組み立てを急いだ。あせって自転車を組み立てようとしたために、指を詰めて、あまりの痛さで、モノに当たりそうになったが、どうにか抑えた。痛みぐらいで、腹を立てるとは、まだまだ修行が足りない。何のために遍路をしたのか、怒ってはすべてが台無しになる。そう、私は、この旅で学んだことから、なるべく怒らないことに決めたのだ。

まあ、そうは決めても、生まれつきの短気者であるからして、それも長くは続かないと思うのだが。

三津浜港

040506_2200すっかり旅を終えた気でいたので、たかだか6㎞ぐらいの三津浜港までの道程は、すごく長く、だるく感じた。お互いに「早く着かんかのう。」と何度も言いながら走っていたように思う。

ちんたら、ちんたら走りながらも、午後10時ぐらいには、三津浜港に着いた。運良く、10時台の便があったので、あまり待つことなく、船に乗ることができた。

行きとは異なり、帰りは人が少ない。ゴールデンウィークも終わっているのだから、それも当然だ。すぐに船室に横になる。バタンキューというのはこのことだろう。横になるのと同時に眠りに就いた。

柳井港

040507_0100「南瀬戸内海~・・・」というコマーシャルでもお馴染みのアナウンスで目が覚めた。時刻は午前1時半。久々にぐっすり眠っていたので、起きてからも、目がしょぼしょぼして、今にもまた眠りに落ちそうだった。

ここから、また自転車に乗らなければならない。自転車に乗るのはもう嫌だが、乗らなければ、帰れないので仕方なしに乗る。夜中の寒さで目が覚める。「早く暖かい布団で寝たい。」という気持ちで、嫌々ながらも自転車をこぐ。

末のアパートまでは、3㎞ほどの距離なので、10分ほどで着いたが、寝起きに自転車をこぐのは辛かった。

吉牛

040507_0130_00記念撮影をして、自転車や荷物を車に載せて、すぐに出発した。起きた時から、腹の減りを覚えていたので、下松の吉牛に寄る。豚丼を食うためだ。私は大盛を注文した。豚丼の味は、牛丼を100点とすると、70点か75点ぐらいといったところか。悪くはない。吉牛以外の店で食べるなら、充分な味だ。

だが、吉牛で食べるとなると、牛丼の味とどうしても比べてしまう故に、どうしても物足りない。また食べたいとは思わない。牛丼の一日も早い復活を願わずにはいられなかった。

到着

眠気も覚めたため、車内では、今回の遍路のことばかり話していた。どんどん萩が近づいてくる。この旅も終わるのだという寂しさと、早く家に着きたいという気持ちが交錯して、複雑な心境になる。それでも車はどんどん進んでいく。周南市、山口市、旭村と過ぎていき、午前4時には、ついに我が家に到着した。

時刻が時刻だけに誰も出迎えてくれるものはいない。旅の余韻に浸るのは、電車や車の中で充分にした。この時だけは、すぐに寝たかった。

末との別れは「じゃあの!」と一言だけの素っ気ないものだったが、お互いにスッキリした顔をしていた。

徳島二十三ヶ所の遍路を終えて

予想以上の収穫多き旅だった。旅を思いで深いものにした一番の要因は、人との出会いだったように思う。たくさんの人と出会い、世話になったことで、自分は、人との関わりの中で生かされているのだということを改めて痛感させられた。

世の中には、様々な人間がいるということも、自分が普段、いかに狭い世界で生きているのかということも分かった。それ以外にも、たくさんのことを再認識させられた旅だった。

まだ、全部終えたわけではないので、終えた時に何を思うかは分からない。ただ、遍路をするたびに、たくさんの出会いや気付きというものがあるのは確かで、それがあるから、またやりたいと思うのだ。

何故、遍路が人を魅了するのかが、今回、遍路したことで分かったような気がする。遍路した者にしか分からない、あの独特な空気と、何かに包容されている感覚。それを味わうために、また近いうちに四国の地に戻りたいと思う。


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