四国八十八ヶ所 自転車遍路(第三弾)

カテゴリ
 BICYCLE
開催日
2005年04月29日() ~ 2005年05月04日()

一日目(2005/ 4/29)

初めての・・・

050429_0615今回の遍路は、28日の晩までアホの末が残業していたこともあり、その日の晩には出発できなかったので、出発は翌日の早朝となった。おまけにアホの末が職場の異動で萩に引き揚げていることもあり、萩からのスタートとである。午前5時に起床。約束の午前6時ちょうどにアホの末が迎えに来たので、写真を撮って出発した。

気が重たい

自動車の窓を開けて朝の爽やかな空気に身を任せていると気持ちも良いし、やっと四国に戻れると思うとワクワクもしたが、その反面、これからキツいことをしなければならないと考えると気が重たくなった。

あれはもしや!

050429_0626萩有料道路に続く坂を少し上ったところで、リュックを担いで自転車をこいでいる人を発見!見慣れた後姿からあの人に違いないと思い、自動車を降りて声をかけた。いきなり声をかけられて驚いていたように見えたが、顔を見ると、やはり姐御であった。何をしているの?と聞くのは愚問である。見れば自転車で何処かに行こうとしているにことは分かる。何処に行くのかと聞いたら、小倉まで行くとのことであった。それを聞いて驚いた。小倉まで自転車で行くから驚いたのではなくて、いまだに自転車で遠出しようとする気持ちがあることに驚いたのである。

自転車で出雲まで行ったことのある姐御だから、それに比べれば大した距離ではないし、順調に走れば、私が福岡へ行く時に小倉を通ったのと同じくらいの時間で着くだろうということは容易に想像できた。それにしても一人で小倉まで行くとは、さすがである。

姐御の走る姿を見たら、やはり早朝にここを通って大分や福岡に行ったことや、一緒に走ったことを思い出して懐かしくなってしまった。坂を上っている最中に声をかけて気持ちを途切れさせたことは悪かったな、声をかけない方が邪魔にならないで良かったかなと、後になって反省したが、こんな時間にこんな場所で、自転車で遠出しようとする姐御に会えたことは嬉しかった。

柳井に到着

050429_0850朝の早い時刻とはいえ、アホの末のランクルをとばしても、柳井までは2時間半の長き時間を要してしまった。船での移動は仕方ないとしても、この長い自動車の移動の時間が無ければ良いのにと、いつも思ってしまう。しかし、柳井まで行かなければ船に乗れないのだから仕方が無い。この移動もあと1~2回は我慢しなければならない。

今までは、アホの末の柳井での住まいである寮に自動車を置いていたのだが、その住まいも既に引き払ってしまったので、以前の職場の駐車場に停めていくことにした。以前と違う状況に少し寂しい感じもした。

開運

柳井港までは、ひなびた商店街の中を走っていくようになる。幾度となく通ったこの商店街も今までは夜中にしか走ったことがなかったので、初めて通るような気がした。本当に古臭くて、人気のない店ばかりだが、すごく生活の臭いが感じられて、結構好感が持てた。

050429_0900その商店街をもう少しで走り抜けようかとする頃に、上から何か落ちてきた。それが私に当たった気配はなかったのだが、アホの末が「鳥のフンがついとるぞ!」と言うので、左肩を見ると、見事に白いフンがついていたのを見つけた。この時期だから、このフンはツバメのフンだと思われた。ツバメと言えば、幸福を運ぶ鳥として古来より、家の軒下などに巣を作られるのを大変有難がられている鳥である。ただでさえ、フンがつけば、運がつくといって有難いことなのに、更にそのフンが幸福を運ぶ鳥であるツバメのものだと分かって、ますます有難いことだと思った。

日頃から運の良い私ではあるが、更に運がアップしているようである。私のおかげで、この旅が実り多きものになるような気がした。アホの末は、私にツバメのフンがついたのを嫉妬したのか、しきりに「あれはツバメじゃなくて、カラスに違いない。」と言い張っていた。自分の日頃の行いが悪いせいで、運が悪いからとはいえ、日頃の行いの良さで運の良い私を嫉妬するとは、全く愚かな男である。

柳井港

050429_0914柳井港には駐車場から10分ほどで到着。早速、チケット売り場で往復のチケットを購入したのだが、半年前に乗った時よりも値段が高くなっているような気がした。いや、高くなっているようではなく明らかに高くなっていた。以前なら五千円でおつりがきていたのだが、今では五千円では足りない。これも瀬戸大橋が出来たせいで、乗客が減っているからだろうか。仕方のないことである。

さすがにゴールデンウィーク真っ只中だけあって乗客は多かった。フェリーに乗船すると、船内は既に満員状態で、座る席がなかったので、やむを得ず船外の展望席に座ることにした。

出航

050429_0928フェリーは予定どおり午前9時45分に出航。朝にフェリーに乗るのも初めてのことである。フェリーは時速35~40㎞の結構速い速度で進んでいるため、結構風が吹く。最初は、どうにも思わなかったが、30分もすると寒くなってきたので、リュックから上着を取り出して着ることにした。

天気は最高に良いし、海も凪である。しばらくは、海を見ながら話をして有意義な時間を過ごしていた。話にも飽きてくると、何かUMA(未確認生物)でもいないかと、海の表面をじっと凝視するのだが、残念ながらイルカぐらいしか見つけられなかった。

050429_1119そのうち海を眺めるのにも飽きると、屋上の展望スペースに上がって、日向ぼっこをするのだった。お日様にぽかぽか照らされながら、する話は、最近本で見た量子力学や陰陽などの対極の話ばかりだった。アホの末もこの話には興味をいだいたようで、すぐに話に乗ってきた。私もそういうものには生半可な知識しか持っていないが、お互いに自分の経験に照らし合わしながら例を出して話をしたので、話はおおいに盛り上がった。

おかげで、三津浜港までの残り1時間はあっという間に過ぎてしまった。

三津浜港

050429_1208この三津浜港への上陸もこれで3回目である。3回目ともなると、この場所に対する愛着もわく。コーヒーでも飲んでゆっくりしてから松山駅に向かおうかとも考えたが、乗る予定にしている電車に乗るのには、時間の余裕が無かったので、フェリーから下船するなり、急いで松山駅に向かった。

松山駅

さすがに3回目ともなると、松山駅までの道は良く覚えていた。三津浜港からは6㎞ほどの距離なので、時間にして15分ほどで到着した。やはり、ここも四国の玄関であり、ゴールデンウィークの真っ只中で、昼間ということもあって、駅は人でごったがえしていた。

この時、時刻は午後12時半頃。乗車までは多少、時間があるということで、腹ごしらえをすることにした。駅から離れるのは、また戻って来るのが面倒臭くて嫌なので、駅のすぐ近くにある食堂に入ることにした。

イマイチ!

050429_12537~8人しか入れないほどの小さい食堂には、昼飯時だというのに私達と一組の夫婦しか入っていなかった。見た感じは、私好みのひなびた食堂なのだが、昼飯の稼ぎ時にこの人数では、これはもしや!と思った。私は餃子定食、アホの末は唐揚げ定食を注文。10分ほどして運ばれてきたものは、見た目は普通だったが、喰ってみて愕然とした。餃子はレトルトのものだと思われたし、何よりもご飯が古米を使っているのではないかというぐらい不味かったのだ。それは、アホの末もそう感じていたようで、小声で、「これでこの値段は高いよな!」と、しきりに言っていた。

食堂を出る時には、お互い、いきなりのつまづきに気落ちしていたものの、晩飯は美味いものを食うぞ!とすぐに気持ちを切り替えていた。

面倒臭ぇ!

いつものことながら、電車に乗る前には自転車を解体して輪行バッグに詰めなければならない。この作業も数をこなして慣れてはきていたのだが、やはり面倒臭いことには変わりなく、心の中で「面倒い!面倒い!」とつぶやきながら作業をするのだった。道行く人の視線を浴びながらも、作業は10分ほどで終了。初めて作業した時よりは格段に早くなったし、何よりも手に自転車の油が殆ど付かなくなったのが上達の証だった。さすがは、学習能力の高い私である。

松山~宇和島

050429_1301松山から宇和島までは、時間短縮のために特急電車に乗車。初めて、この地へ立った時のように金をケチって普通電車に乗ることはしなかった。ゴールデンウィ-クの昼間ということもあり、電車の中は満員で、座る席はなかった。おまけに前回の遍路の帰りの時に乗ったアンパンマン列車のように、列車と列車の連結部分のデッキが広くなく、自転車を括りつけて固定させる手摺りのようなものもないため、自転車を置いて、そこから離れるわけにもいかなかった。おかげで、宇和島までの1時間20分ばかりはデッキでずっと立っていることを余儀なくされた。

変な奴

050429_1332私達がデッキで突っ立っている間、アホの後ろに常に寄り添うように、かなり太めの男が立っていた。少しぐらい立つ場所を変えても良いようなものなのに、常にアホの末の1mぐらい後ろをキープして立っているのである。それも、よく観察していると、アホの末の尻から首筋の部分までを舐めるように凝視しているのである。私と目が合うと、下を向くものの、私が目をそらすふりをすると、すぐにアホの末の方を見ているのだった。幸いにもアホの末は横にいる私の方しか向くことがないので、それに気付くことはなかった。

すぐにこいつはアホの末のことを気に入っているのだと、判断できた。アホの末は、女性にはモテないくせに、こういう変な奴にはモテるのだ。これが私の方を見ているようだったら、「何、見とんのや!」と、ケチをつけるところだったが、アホの末のことがお気に入りのようだったので、放っておくことにした。お気に入りのアホの末の近くにいられ、そしてじっくり堪能できたのだから、この男にとっては、さぞかし幸せな時間のことだったことだろう。

生きていても人類の役に立つことは全くないアホの末だが、こういうところで役に立てたことは良かったと思わなければならないだろう。こんな奴でも必要とする人間がいるのだから。ちなみに、この変な男はしばらくして座席がたくさん空いても、宇和島に着くまで、ずっとアホの末の後ろをキープしていた。

癒し

こんな変な奴が近くにいて、むさ苦しい、早くこの場を離れたいと思う中、極限状態の喉の渇きの中で、冷たい清涼飲料水を飲んだ時のような、喜びと、癒しを与えてくれたのが、お母さんが一人で連れていた、ベビーカーに乗った赤ちゃんだった。

この赤ちゃんが、私の顔を見るたびに笑うのだ。私の顔が面白いから笑うのかもしれないが、その屈託のない笑顔はめちゃくちゃ可愛かった。おまけにこの赤ちゃんは、ハーフらしく顔も目鼻立ちが整っていて、大きくなったらかなりの男前になることが予想できた。お母さんは、日本人で、どちらかといえば地味だから、お父さんが外国人で、お父さんに似たのだろうと、勝手にアホの末と想像を膨らませて話していた。

それにしても、あんな屈託のない純粋な笑顔のできる赤ちゃんってすごいと思った。思えば、ここ最近、純粋に腹の底から、心から笑ったことがあっただろうか?おそらく、無いだろう。笑うことはすれど、それは心の底からの笑いではなかったように思える。

自分は、歳をとればとるほど、自分の本心に嘘をつくように、感情を素直に表に出さなくなってきているのが分かる。それが大人になったからだと言い訳はしたくない。人間の自然な感情には心動かされる。この赤ちゃんを見て、自分も童心に戻らなければと思うのだった。

宇和島駅

050429_1501宇和島駅には午後15時頃到着。ここでは、普通電車に乗り換えなければならない。乗り換えの時間が結構あったので、冷たいものを飲んで一息ついてから、一両編成の車両に一番で乗り込んだ。

輪行バッグを持っているので、他の乗客の邪魔にならないように、電車の一番端の方へ座った。私達が席に座ってから10分ほどすると、たくさんの人が乗ってきて、すぐに電車は満席となった。その乗客の殆どが、地元の中学生や高校生で、やはりここでも、大きい荷物を持ったゴツい男が二人も並んで座っていると、嫌でも注目を浴びるのだった。

のどかな風景

050429_1718電車の中で30分も待たされて、ようやく電車は発車した。電車は、のどかな風景の中を進んでいく。各駅停車なので、速度はゆっくりしたものだが、車窓からの景色が美しいので、乗っていて苦にはならない。隣では、アホの末が昨夜からの仕事の疲れからか、いびきをかいて眠っている。昨晩ぐっすり眠った私は、眠たくならず、車窓からの景色を堪能していた。

窓から見ていた景色の中で、特に驚いたのは、山頂から山頂へ四万十川をまたいでロープを渡し、そのロープに何百という大きな鯉のぼりをつけていたものだった。すぐに、一体、どうやって山頂から山頂までロープを渡したのだろうと疑問に思った。山はさほど高くはないように見えても、その高さは優に200mぐらいはあり、山頂から山頂までの距離も7~800mぐらいはあるように見えたからだ。どう考えても、どうやってロープを渡したかは分からなかったが、その光景は雄大で見る者を圧倒した。しかし、残念なことに、この凄い光景を写真に撮ろうとしたが、それに見とれるあまり、行動に移るのが遅かったために、撮りそびれてしまった。

窪川駅

050429_1740窪川駅には、午後17時35分に到着。萩からここへ来るまでに11時間半もの長き時間を要してしまった。駅に着くと、半年前の「また近いうちにここへ戻ってくるぞ!」という思いが蘇った。

予定通り、今こうして自分はこの思いを残した窪川の地に立っているのだが、ここへ来るまでの過程を思い出したら、こうやってこの地へ立っていることがすごく有難く感じられた。どこかで、間違えば、自分の思うようにならなかったら、この地には立っていなかったのだから。だから、始めに「こうしたい。こうでありたい。」と思うことありき、あとは、それを信じてやるべきことをやるのみという自分の信念にも似た考えの確証が得られた瞬間だった。

さあ行くか!

050429_1812窪川に着いたからといって、ここで宿をとるつもりはなかった。次の金剛福寺までは、約90㎞の距離がある。山中の遍路道をまじえて、それだけの距離を1日で進むのは難しく、また、それから先のことも考えて、少しでも距離を稼いでおく必要があったため、出来るだけ進むことにした。

ここ最近の深夜までの残業続きで、体力が落ちていたアホの末は、暗くなったらそこで止めようと、すごく消極的であったが、それとは反対に私は何が何でも、この日は50㎞は進もうとヤル気マンマンだった。

新チャリデビュー

実は今回、マウンテンバイクを新調していた。前回までの遍路で使っていたマウンテンバイクの調子が悪かったからである。これでマウンテンバイクは4台目。私がマウンテンバイクに乗って遠出しだしたのが4年前であるから、平均すると、どのマウンテンバイクも1年ぐらいしかもたなかったことになる。これは、私の使い方が荒いからか、かなりの走行距離があったからだと思うが、今回のマウンテンバイクには結構、金をつぎこんだつもりなので大切にしようと思った。

しかし、輪行バッグから取り出し、組み立てて乗ろうとしたらあちこちに傷が付いていた。輪行バッグをあちこちにぶつけたのが原因らしい。どうやら、私はモノを大切に扱うことができないらしい。少し気落ちしたものの、「これぐらいの傷、走るのに関係ねえ。」と言って新調したマウンテンバイクに乗ったのだった。

乗り心地最高!

さすがに有名メーカーのマウンテンバイクだけあって乗り心地は最高だった。いきなりの坂もスイスイと上れる。明らかに機動力は以前よりもアップしていた。あまりにもスイスイ走れるものだから、運動不足がたたって坂を上るのが苦しそうなアホの末を追い抜かしそうにもなった。

このマウンテンバイクはサドルが結構軟らかいなと感じたが、この時はスイスイ走れる感動のあまり、さほど気にはならなかった。しかし、このサドルが軟らかいということが、後に致命的なことになろうとは、この時は知る由もなかった。

長い下り

前回、七子050429_1818_00峠を上って来たからだろうか、坂を上りきると、延々と続く長い下りが現れた。坂を上りきり、肩で息をしていたアホの末は、下りになってホッ!としたようで、脱力した状態のまま下りに身を任せていた。私は、こうやってまた四国に戻ってこられて、思う存分、体を動かせるということに、この上ない幸福を感じながら坂を下っていた。

金子商店

050429_1844長い長い坂を下りきると、今度は短く緩やかな坂を上っては下り、上っては下りというアップダウンが続く。アホの末は、だいぶ体が慣れてきたようで、走る速度が上がっていた。窪川駅を出発してから1時間、腹が減ってきたので、先頭を走っているアホの末を大声で呼び止め、丁度通りかかった小さい商店に寄ることにした。

店の看板には金子商店と書いてある。本当は、コンビニの方が良かったのだが、この辺りは山奥で、しばらく行かないとコンビニはなさそうなので、やむを得ず、通りかかった金子商店にしたのだ。この金子商店、中に入るとコンビニとは違って商品の数も種類も少ない。すぐに食えるものといったら、賞味期限がギリギリのような、菓子パンが何個かあるぐらいだった。しかし、何も食わないよりはマシだと思い、その中でも一番大きいのを買った。

店の外で、その菓子パンを食ったのだが、この何でもない普通の菓子パンが、すごく美味しく感じた。食物を美味いと感じるのは、味付けよりも空腹感の有無である。腹が減っていれば、何を食っても美味く感じる。逆に腹が減っていなければ、どんなに美味いものを食っても感動は無いだろう。激しい運動をしたり、こうやって自転車で遠出したりすると、そのことをつくづく感じるのだ。

だから、この遍路も、今まで行った数々の自転車遠征も普段、生活の中で当然のことのように享受している様々な恩恵の有難さを再確認する旅と言える。

再出発

腹ごなしをしたところで、重い腰を上げて、再び自転車乗って走り始めた。時刻は午後7時、陽が沈むのが遅くなっているとはいえ、辺りは暗くなり始めている。暗くなってからの移動は危険を伴うので、なるべく陽が沈む前に距離を稼いでおく必要があった。

お互い、1時間の慣らし走行と、金子商店での腹ごなしのおかげで、バリバリに走れる状態にはなっていたため、それからは一度も休憩することなく約1時間40分もの間、ひたすら全速力で走ったのだった。

四万十川市

陽も完全に沈んだ午後8時40分頃に四万十川市に到着。ここは、市町村合併前は中村市と呼ばれていた市で、丁度、金剛福寺に続く半島の付け根に当たる。ここからは金剛福寺までは約45㎞ほど。ここへ来るまで40㎞以上走ったことになる。3時間もかけないで、それだけ進んだのは上出来といって良かった。

時間も時間だし、大体、金剛福寺までの半分くらいの距離のところに来ていたので、この日はここで宿をとることにした。

回転寿司

050429_2044寝る場所を探す前にまずは、腹ごしらえということで、これも丁度通りかかった回転寿司に入ることにした。回転寿司に入るのは何年ぶりのことだろうか。回転寿司ということで、味の期待は全くしてなかったいなかったが、予想に反して値段のわりにはなかなかの味であった。特に鮭をタタキにしたものにマヨネーズをかけたものが美味くて、私はエビとこればかり食っていた。しかし、この店で一番値段の高い大トロは、値段の割にはイマイチだった。ともあれ、この店での食事には十分満足したのだった。

温泉

050429_2056回転寿司を出た後に、運良く近くに温泉があったので、そこで汗を流すことにした。この温泉、入口に弘法大師が祀られており、建物の中には大きいアカメの絵が飾られていた。

050429_2059アカメの絵の存在にはアホの末に言われるまで気付かなかったのだが、何ともいえない味のある良い絵だと思った。アカメとは、四万十川に生息している幻の魚で、近年はめっきり数も減ってきているそうだ。

思えば、アカメと私の出会いは、20年前まで遡る。当時、ハマっていた漫画の釣りキチ三平で、四万十川でアカメを釣るシーンを読んだのが、アカメとの最初の出会いである。釣りキチ三平の独特で個性的な情景描写も相俟って、アカメに魅せられた私は長年この幻の魚をこの手で釣りたいと思ってきた。その夢は、時間の都合上、今回叶えることはできないが、この大胆にデフォルメされたアカメの絵を見て、その夢はますます膨らむのだった。

アホの末にはスズキも釣ったことのないくせに、アカメを釣るなんて馬鹿げたことを言うと言われたが、スズキは釣れないのではない。釣らないのだ。雑魚に興味はない。私は、マグロのような超大物か幻の魚しか釣らない主義なのだ。そのことは、アホの末にもよく言い聞かせておく必要があった。いずれにしても敵にとって不足はなし、私がアカメをターゲットにした以上、近い将来、このホームページ上にアカメを手にした私の写真が載ることは間違いないだろう。

買出し

050429_2144温泉から出た後に、近くのスーパーで夜食と明日の朝食を買出しをすることにした。この辺りは、飲食店にしろ、温泉にしろ、このスーパーにしろ隣接しているので、自転車の私達には有難かった。スーパーで買出しをしている最中に、地元の人らしき男性に声をかけて、近場に公園はないか聞いた。近場に公園はないらしいが、ここから6~7㎞ほど金剛福寺の方へ行ったところに公園があるとのことだったので、そこへ行くことにした。温泉に入った後なので、汗をかきたくないが、この辺りにはそこしかないらしいから、そこへ行くことにした。

公園を求めて

買出しを終え、公園を求めて、男性に聞いたとおりの道をゆっくりゆっくりと自転車で走る。上り坂が現れると、ギヤを一番軽いのに落としてからこれもゆっくりゆっくりと上っていく。じれったい走りだが、せっかく温泉に入った体を汗で汚したくないのだから仕方がなかった。

050429_2213四万十川に架かる渡川大橋を渡る時に、まだこの目で直接見ぬ四万十川を見てやろうと、橋の欄干から下を覗きこんだのだが、暗くて川があることがよく分からなかった。

国道56号線から国道321号線、通称サニーロードにはいると、男性に聞いた場所を既に通り過ぎていることに気付いた。今さら、戻るのも面倒臭いので、そのまま行けばどこかにあるだろうと思い、先へ先へ行くことにした。

サニーロードは、321という数字を言葉に直すと、3サ、2ニ、1イとなることから付けられた名前で、四万十川から土佐湾に沿って土佐清水市まで走っている道路である。とりあえずサニーロードに入って思ったことは、国道のくせに四万十川沿いの部分には街灯も何もないため、真っ暗で何も見えなかったことである。

自転車のライトだけで走っていると、このまま金剛福寺まで行ってしまうのではないだろうかと不安になったが、私にはもうすぐ公園が見つかるという確証にも似た自信があった。その自信がどこから来るのかは、分からない。過去の経験則からでも予知能力的なものでもない。私には、こういう何も根拠のない自信があるのだ。それは、強く思う、願うことができるからかもしれない。だから、いつも何があっても大丈夫と思っている。

ついに見つけた!

サニーロードに入ってから15分ほどで、走っている私達の右手に便所があるのを発見。前を走っているアホの末を大声で呼び止めてから、その便所のある駐車場へ入って行った。この便所は、アカメ館の屋外便所らしく、幸いにも屋根付きの休憩所まであったため、ここで一夜を明かすことにした。泊まる場所を見つけたことで、私の「どうにかなる!」という自信は更に強くなった。

寝仕度

050429_2235休憩所に入るなり、ここのベンチに腰をおろしてホッと一息。だが、ゆっくりもしていられない、まだやることはたくさんあった。洗濯もしなければならないし、寝仕度もしなければならない。ゆっくりするのもほどほどに、急いで夜食を食って、歯磨きと洗濯をしに便所へ行ったのだった。

洗濯といっても、この日に着ていたものを水ですすぐだけである。脂汚れなどのしつこい汚れは落ちないが、汗臭さと汗の塩分が除去されるだけでも洗う価値はあった。

洗濯と洗濯を終え、間違いなく翌朝までには乾かないであろう洗濯物を自転車に掛けて、寝袋に入ったのだが、目が冴えて眠れない。今回の遍路もまだ始まったばかりで、疲れてないからか、それとも四国に戻って来れたのが嬉しいからかは分からないが、しばらくは眠れなくて悶々した時間が続いた。

おまけに、後から来た若い兄ちゃん達が駐車場でスケートボードをやってワイワイ騒いでいるのが煩いし、季節外れの蚊が耳元でプ~ンと飛び回るのが気になって夜中の2時頃に飛び起きたのだった。兄ちゃん達は、私が起きるとすぐに帰って行ったから良かったが、蚊がどうしても気になった。

050430_0103それは、アホの末も同じく気になっていたようで、アホの末がキャナルシティで購入した蚊帳を張ることにした。蚊帳の中にはさすがに蚊も入ってこれないらしく、もう蚊に悩まされることもなかったのだが、それからも、どうしても眠れなかった。

そして、そのままついに朦朧とした意識のまま、寝袋の中で日の出を見ることになってしまった。眠れないことは気になったが、久しぶりに見る日の出は美しかった。


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