幽閉

今から10年前くらいのことだ。財布の中に金が無いことに気付いた私は、金をおろすために仕事を終えてから某○○金庫のキャッシュコーナーに駆け込んだ。時刻は、午後19時になろうとしていたと思う。が、この時は、時間のことなど気にしてなかった。無事、金をおろすことことができた私は、キャッシュコーナーを出ようとしたのだが、ドアに手をかけた途端、「ブーッ!」と音が鳴って、ドアがロックされた。それと同時にドアの外のシャッターが降りてきて、キャッシュコーナー内の照明も落ちた。

「何だ!何だ?」と、いきなりのアクシデントに戸惑ったが、すぐに自分の置かれた状況を把握することができた。キャッシュコーナーの営業時間をオーバーしてしまったのである。

キャッシュコーナーの営業時間は午後19時までである。このことは知っていた。しかし、金をおろすことばかり考えていたため、そのことを忘れていたのだ。

シャッターも照明も落ちた、非常灯の灯りのみの暗闇の中にポツンと一人残されて、しばらく茫然と立っていた。その間、2~3分ぐらいだったと思う。ふと我に返った私は、これからどうするかを考えた。このまま翌朝の営業時間までこの暗闇の中で待っているわけにはいかないし、かといってドアとシャッターをぶち破って外に出るわけにもいかない。外の人に助けを求めようにも、わずか2畳あるかないかの狭い空間はシャッターで覆われて、外からは中が見えない。

どうしようかと考えているうちに私の目に飛び込んできたのは、現金支払機の上に置かれた非常連絡用の電話機だった。「なあんだ!最初からこれに気付けば良かったんだ。」と、喜び、受話器をとったのだが、いくらコールしようが誰も電話に出ない。どうやら、キャッシュコーナーのすぐ後ろにある支店の行員は全員が帰宅していたようだった。

「今日に限ってこんなに早く帰るなよぉ~!」と愚痴ったが、愚痴ったところで帰ってしまったものは仕方がない。だが、私は絶望はしていなかった。何故なら、受話器のすぐ下に非常連絡ボタンがあることを知っていたからだ。これを押すと、どうなるかは分からないし、なるべくなら押したくない仰々しいものなのだが、この時はそんなことを言っている状況ではなかった。

行員が居ないことを悟るや、すぐにボタンを押した。何かデカい音が鳴るかと思いきや、何も鳴らなかった。それどころか、何も反応が無い。これは、一体何だったのだろう?と考えることしばし、いきなり「トゥルルルル!トゥルルルルル!」と、甲高い電話のコール音が暗闇に響いた。

「これはもしや!」と思い、すぐに受話器をとった。「どうされましたか?」という男の人の声。時間ギリギリでキャッシュコーナーに入って閉じ込められたことを説明し、「早くどうにかしてくれ!」と、助けを求めた。電話の男の人は、広島市の○○金庫の本店にあるシステム警備の人だった。

男の人は、私の話を聞いて「それは大変なことですねえ!」と、気持ちのこもってない言葉を吐き、本店の行員も全員が帰っているため、私にはどうすることも出来ないと言った。それを聞いて、私はブチ切れた。「どうしようもねえじゃねえ!真っ暗で寒いのに、一晩をここで過ごせるか!どうにかして誰か捕まえて早く俺をここから出せ!早うせんと、ドアを蹴破って出るぞ!」と、言葉を荒げた。

それを聞いて、男の人は、やっと事態の深刻さを悟ったか、「すぐに連絡をとってどうにかしますから、申し訳ないですが、しばらくそのまま待っててください。」と言った。

それを聞いて私も「早うしてや!」と言って、安心して受話器を置いたが、30分待てど1時間待てど何も起こる気配が無かった。腹は減るわ、小便はしたいわでイライラすること更に30分。この調子では、しばらくはここから出られないと諦めかけた頃に、また電話が鳴った。電話の声の主は先ほどの男の人だった。「今から開けますから!どうもご迷惑おかけしました。」とのことだった。

受話器を置くと、「ガチャッ!」と音が鳴り、まずドアのロックが解除された。次にシャッターが上がり出した。それから外に出られるようになるのは1分とかからなかった。

この時、時刻は午後21時になろうとしていた。実に2時間近くもキャッシュコーナーに閉じ込められていたことになる。この時は、外に出られたという安堵感もあったが、無駄な時間を過ごさせられたとに対して怒り心頭であった。

現在であれば、セキュリティーもしっかりしているだろうから、仮に営業時間を過ぎてしまっても人が中に居れば、ドアロックをしないか、もしくはドアロックをしてもすぐに出られるような対処をするとは思うが、この時はセキュリティーも警備の者の対応も全てがお粗末過ぎた。

あの時、ブチ切れてなかったら、もっと暗闇の中で過ごすか、下手をすれば朝まで過ごさなければならなかったかもしれないことを思うとゾッとする。だから、セキュリティーが良くなったであろう現在でも、それを信用してない。あの時のことを教訓に、時間ギリギリには金をおろしに行かないようにしている。


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