ブラックホール

私が子供の頃は、それに例えて、金や物を貸したら絶対に返さない奴のことをブラックホールと呼んでいた。

私の周りにもブラックホールは存在していた。

残念ながら大の仲良しがブラックホールだった。

こいつはマンガ本を貸しても返さない。キン肉マン消しゴムを貸しても返さない。駄菓子屋に行って金を貸しても返さないわで、それはそれは酷いことを私や友人にしていた。

仲良しでなければ、殴ったと思う。

だが、こいつは非人道的なことをするくせになかなかの人格者であるという、かなり矛盾した奴であり、また悪気があってやっているわけでなく、そんなこいつを好きだったということもあって、殴ることはしなかった。

ただ、いくらこいつのことが好きとはいえ、私も黙ってやられているわけではなかった。

例えば、こいつに物を貸したら絶対に返ってこないと思っていたので、ちょくちょく家まで取り立てに行った。

更に例えば、いつも自分ばかりが貸して、取立てに行くのは癪なので、最低でも貸したものの数の分だけは、こいつから人質として何かを預かった。

更にもう一つ例えば、駄菓子屋に行く時にわざと金を持参しないで、こいつから奢ってもらったりもした。

そうして分かったこと。

こいつは人から金や物を借りて返さない代わりに、自分が貸したものを決して”返せ！”と請求しないこということだった。

やはりこいつは人格者。自分がするから、人には言わないわけだ。

そして、もう１つ分かったこと。

いつのまにか、私もブラックホールになってしまったということ。

これは、あくまでこいつに対してのみのことだが、こいつに対抗するあまり、ミイラ採りがミイラになったようなものだった。

こいつとの貸し借りは、おそらくキン肉マン消しゴムの分だけ、私が負けているはず。

負けず嫌いの私は、何十年経とうと、このことは絶対に忘れない。

こいつと再会することは、まずないであろうが、もし会うことがあったら開口一番に言ってやる。

「俺のキン消し返せ！」と。