そして伝説へ!

午前3時に起床。

大会開催地である下関までは、クルマで2時間近くかかるため、大会受付が始まる午前6時に間に合うよう午前4時に出発する。

クルマのフロントガラスを激しく叩きつける雨が気になる。

この時既にアホの末も私も、走る気持ちは萎えていた。

ただ、この時点ではお互いに、”棄権しよう!”とは口に出さなかった。

最初から棄権するつもりならば、わざわざ下関まで行く必要はないからだ。

故に、この”棄権”という言葉はギリギリまで取っておこうと考えていた。

会場に着いても、雨が止むことはなかった。

それどころか、ますます雨足が強くなる始末。

受付を済ませる頃には、二人とも全身がズブ濡れになっていた。

受付を済ませた頃に、漢塾山陽小野田支部のゴリョウとヤタと合流する。

ゴリョウは、合流するなり「きょうはダメっすよ!これから雨がどんどん強くなるし、下りが滑って危ないから棄権しましょう!」と、開口一番。

この二人、相変わらず諦めが良い。

その諦めの良さは気持ちの良いものがある。

それを聞いた私が、”待ってました!”とばかりに「仕方ねぇが、そうしよう!うん、仕方ねぇ」と、追従する。

ところが、アホの末は、「もうビショ濡れになってしもうたし、ここまで来たんやから、一応スタートだけはして、適当なところで棄権しようや。」と、意外な発言。

“もうビショ濡れになった。”という言葉に、妙に納得した私は、「それなら、1㎞以上行った最初の坂の手前で引き返そうやないか。」と、提案した。

アホの末も私の案に賛成したため、一応はスタートすることになった。

スタート地点に並ぶ。

やる気の無い私達は、一番最後尾だ。

相変わらず、私達を強い雨が叩きつける。

ただでさえ気温が低いうえに、雨水が体温を奪い去るので、寒くてたまらない。

ジっとなんてしてられやしない。

周りをよく見ると、私達以外の人達はナイロン製の合羽みたいなものを羽織っている。半袖半パンは私達二人だけであった。

ヤタによると、司会のお姉さんにアナウンスで、「この雨の中で、半袖半パンはすごいです!」ようなことを言われたらしいのだが、寒さに気を捉われて震え上がっている最中の私達に、その声は届かなかった。

15秒間隔で、何人かづつスタートしていくため、最後尾の私達がスタートしたのは、スタートのピストルが鳴ってから何分後かのことだった。

ちんたらちんたら走りながらも、ノルマの1㎞はすぐに突破した。

あとは、最初の坂が現れるのを待つのみとなった。

しかしだ。ここは、下関市街地のど真ん中。

しかも、これからは緩やかな海岸沿いを走るようになるため、しばらく坂が現れることは見込めない。

棄権するのであれば、帰りのことも考えなければならない。

片道で10㎞以上走ってしまったら、帰りのことを考えると、勢いで”そのまま行ってしまおうか!”となるかもしれない。

天気の良い時なら景色を楽しんだり、休憩を楽しんだり出来るからいいが、この寒い雨の中、楽しみが何も無い中で完走しても充実感は残らない。

根性試しにはなるかもしれないが、そんなものは求めてない。

よって、ノルマを達成したこの時は、”早く坂を見つける”ということが、私達の課題となった。

それまでは上から落ちていた雨が、横殴りになった。

風が強くなったのだ。

風が強いのは良くない。

体温とともに殆ど無い気力さえ奪い去ってしまう。

おかげで、”この場で即棄権してやろうか!”という気にさえなった。

しかし、私は漢塾塾長であり、アホの末は漢塾参謀である。

唯一の棄権理由である坂を見つけることなく棄権することなんてズルいことは出来やしない。

漢塾の名を汚すようなことをしたらいけないのだ。

そう思い、殆ど0に近い気力で走り続けた。

雨風に打たれながらも軽快に走り続ける。

体も幾分か温まり、ペダルを踏むテンポも良くなった。

天気の良い時や、やる気のある時ならこれで良い。

だが、早いとこ棄権しようと考えている私達にとっては、好ましいことではない。

このままでは、途中で棄権することが難しいところまで行ってしまうからだ。

“そうならないうちに坂よ現れてくれ!”そう強く念じながら走った。

おそらく、アホの末も同じことを念じていたと思う。

私達の思いが天に届いたのだろう。

念じてからほどなくして、住宅街の中に勾配の緩い坂らしきものが現れた。

20mほど上ればすぐに頂上となる、坂と呼んでも良いものか判断に迷うものだ。

さっそく、私達はチャリンコから降りて、これを坂と認めても良いものか話し合った。

私達が、目の前にある絶好の棄権理由を放棄するはずもない。

二人とも迷うことなく、「これは坂である。」と、言った。

学術的に坂の定義がどうなっているかなんて分からない。

私達にとっての坂の定義とは、平坦でない道のことを指すのである。

しかし、二人とも坂と認めるに絶対違いないものを話し合いする必要があるのかどうか。

いずれにせよ、目の前の坂らしきものを「坂」と認めたために、私達はそこで走るのを止め、Uターンした。

スタートしてから15分。距離は5㎞ほど走ったところであった。

棄権することになった私達は、この苦痛から少しでも早く逃れようと、行きよりもチャリンコをこぐスピードを速めた。

帰りは、ショートカットしたために行きの半分ぐらいしか走らなかったように思う。

会場へ戻って一番最初にしたのは、棄権受付(受付をしたら参加賞が早くもらえる。)であった。 おそらく棄権した順番は、スタートした者の中では私達が一番早いに違いなかった。それが証拠に棄権者の受付用紙は真っ白であった。

“もう棄権するの?””半袖半パンで気合い入ってるのに・・”とでも思ってるのか、用紙に記入する時に受付の人達や周りの人達の視線が痛かった。

記入を終えた時点で、私達の棄権は成立した。

スタートしてから、たった25分間での棄権。

私達は、また新たな根性無し伝説を作った。


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